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◆白夜◆





 

 

 かつかつかつっ

 自分の足音の反響の強さにクリスは顔をしかめる。

(この音が風竜王国の繁栄の音だというのなら)

 ますます好きになれないんだけれど……そう呟きながら長い長い廊下を歩く。

 クリスが今歩いているのは風竜王国の城、王座へと続く長道だ。

 一応、侵入者が王の下にたどり着くのを遅らせる仕様にある。

 ……あるにはあるのだが、侵入者などいるはずもなく、それはただ単に王へ用事のあるものに憂鬱を与えるだけのものだった。

 格式だの、礼儀などを考えなくていいと誰かに言われれば走って行っただろうが、それは小言を増やすだけの行動であったから控えざるを得ず、ついつい歩くのにも力が入り、反響する靴の音も大きくなるのであった。

 白く触りごこちのよい壁も宵が与える黒に侵食されている。

(つるつるで触っててきもちーんだけどね。真っ白に見えないのは……やだな)

 クリスは手のひらの辺りに意識を集中させる。

 紫に光る玉が現れ、光り輝く。

 クリスはそれを使い足元を照らし、先へと進んだ。

「クリス=シルフィールド=ウィンディー。ご用命につきただいま参上しました。ご用件はいかがなものでしょうか? シルフィード王」

 クリスは頭をたれ、相手の言葉を待つ。王子といえど王の前では跪かなければならないし、クリスは正当後継者ではない。第二王子であり、正妻の子供ではないのだ。もっとも第一王妃は病死しているが。

「あまりかしこまらんでいい。今はうるさい宰相はバカンス中だ。もっと気軽に話せ」

 クリスはふうっと息を吐き全身の力を抜く。

「……いつもながら気楽にやってるんですね。父上は。悩みがなさそうでうらやましいです」

「そういうなよ。今まさに大きな問題に直面し頭を抱えておるでな。用というのはそれだ。悩みはためずに吐き出すのが一番だからな。吐き出させてもらう」

「僕を他国へでも遊学させるのですか? 確かに悪い手段ではないと思いますが……」

「早合点するな。確かにおまえとおまえの兄ジョイルのことではあるがな。最近毒を盛られているだろう? あの子の嫉妬にも困ったものだ」

「毒は困りますよねー。僕が解毒術を習得してなきゃ死んでますしね」

「そうだな」

 そんな会話をしていると横に控えていた初老の男が口を挟んだ。セバスチャンだ。

「お二人ともどうしてそのようにお軽いのです! 」

「まあ、確かにそうだな。さすがに、そのうちどんな解毒術でも死滅するような毒を探してこないとも限らん。そこで、風竜の牙と杖に相談することにしたのだ。彼らはおまえが王になるのを推したよ。方法も公平なものを提案した。危険なものだがな」

「……あの二人に相談したんですか〜……。父上も自分の子供のことくらい自分で考えてくださいよ」

「そうはいうがな。今までは長男を王にする傾向にあったが、民のほとんどはおまえが王になるのを望んでいる。

 ジョイルは女遊びや喧嘩などつまらんことばかりをしているしな。

 それになによりおまえが優秀すぎる。風竜王国創立以来の天才だろう……ともっぱらだ。どこぞの誰かは俺の前ではめったに実力を見せんが」

「だって僕は王になりたくないですもん。めんどくさいですよー。僕的には兄様に王になってもらって魔術師として生きたいところなんですけどね」

「まあ、決定だ。受け入れてくれ。いやだったら勝負で上手に負ければいい。勝負は一ヵ月後。おまえは四人仲間を集めること。そしておまえと仲間でともに試練の洞窟へもぐってもらう」

「どちらが先に到着するって勝負ですか……。入ったとたんに僕命狙われますね。まあ、いいです。わかりました。何とかしますよ」

「すまんな。まあ、いままでシモンに男装させ何度も町へ遊びに行ったのは多めに見てやる。なんにせよ一ヶ月は自由だ。町だろうが他国だろうが遊びに行くがいい」

「あー、ばれていたんですか。わっかりました! がんばります」

◆◆◇◆◆

 クリスは話が終わったあと、自分の部屋へ戻る。掃除が終わり、シーツが変えられふっくらと暖かいベッドに横たわる。

 

「ふー、困ったなあ。兄様のことだから凄腕雇って試練が始まったとたん僕を始末しようとするだろうしなー」

「お困りですのね。まあ、話は知っていますからわからなくもありませんが」

「そうだ!マリアさん、僕の仲間になってよ。マリアさんがいたら百人力だし」

 マリアは土の竜王国から国同士の親睦を深める贈り物として派遣されてきている。それだけに、戦闘技術も結構な腕前であり、並みの聖騎士以上の能力の持ち主らしい。しかも家事万能だ。

「あ〜、その、残念ですが、城のものは二人に助力はできないということになっております」

「え〜」

「ですが、その、いまこの国にサラ=ワードウェル様がいらっしゃると聞いていますからお誘いしたらどうでしょう? クリス様の思い人でしょう? きっと力になってくれます」

「思い人じゃないって。友達だよ。ともだちっ。そっかー。サラさんいるのかー。う〜ん。じゃあ声、かけてみるよ。ありがとうマリア」

「ふふっ、ようございましたね。シモン様もこれで安心して眠れます」

「シモンね。ごめんって言っておいてよ。マリアさんには一ヶ月休みをあげるからシモンと国中遊びに行ってきていいよ。僕が王になるなりならないなり忙しくなると思うから」

「それはご自分でおっしゃるのがルールです。めんどくさがらずにどうぞ」

「ん。わかった」

 自室でマリアの運んできた食事を食べた後、シモンに会いに部屋へと行った。

「シモン。もう、寝てる? 」

 ノックした扉から手が伸び、クリスを部屋に引っ張り込んだ。

「じょ、情熱的……なのかなあ? 」

「ちがうっ! 人に見られたらまずいでしょうが! あんた警戒心なさすぎるよー」

 いかにも女の子な部屋にいるのはいかにも女の子な女の子。

 腰まで届くほどの長い金の髪。白い肌、優しそうな青の瞳。

(かわいいとは思うんだけど、それが自分に変装して何とかなってるって事実があるとどうも素直に受け入れずらいなぁ)

「ウィッグしてるんだ。ずいぶん長いのをしてるんだねー」

「うっさい! ホントはこのくらいの長さになってるはずなんだからっ! あんたの身代わりって髪切られちゃってショートなんだからしょうがないでしょ」

「シモンこわーい。怒ってる〜」

「……私の精神逆撫でして面白いわけ……? まあいいや。話し聞いたよ。ついに変態兄貴と決着つけるんでしょ。がんばってね」

「兄様変態なんだ? 」

「朝からメイドと乳繰り合ってりゃ十分変態でしょ。いい? 負けるのは許さないから。負けたらどんなことがあっても殴りにいくからね。平凡な魔道士として生きるなんて許さないから」

「ふーん。そんなに男装続けたいんだ。意外」

 シモンの母はある薬を売っていた。だがそれは禁忌とされるものであり、国に広めてよいものではなかった。母親は捕らえられ、見せしめの死刑。ここ風竜王国では見せしめの死刑はめったにない。市民を殺そうが子供をいたぶろうが法には問われ、死刑もあるが見せしめになることはほぼ……ない。

 めったにない例外。それが禁忌の薬。

 麻薬以上に罪深いこの薬は世界中どの国でも所持は公開処刑が定められている。

 その後、数週間のあいだ彼女は乞食をしている。罪人の娘だから……と。

 そこを城を抜け出し遊びほうけたクリスに拾われ、専属の薬士としている。母親の能力をいい具合に受け継いだらしい。まあ、その娘が、拾った当の本人と瓜二つだったのは運命か。

 

「ち・が・う。……私は……まあいいや。話はもう聞いてるから。私とマリアちゃんは明日から一ヶ月間観光旅行行ってきちゃうから、せいぜいがんばってね。死んだら墓暴いて殴るから。じゃあね。お休み」

「え!? いや、さすがにそれは――」

げしっ

 クリスはシモンに蹴りだされ、部屋を無理やり追い出される。

「いったあ。まあ、いいや。明日からがーんばろ。何とかなる何とかなる〜♪ 」

 クリスは部屋へは戻らずバルコニーへと出る。彼はその昼と夜の境目を見るのが好きだった。

 そこにはすべてがあるから。

 ここの景色と、後ひとつだけがクリスをこの城にとどめるものだから。

 

「兄様? どうして僕らは戦いあわねばいけないんでしょうか? 」

 その答えを答えるものは紅に染まったバルコニーには存在しないのであった……。

 

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