歩いても、歩いても森は変わらず続き、果てはないように感じる。時間は夜の九時を指している。周囲は恐ろしく暗く、歩いていてはぶつかったり、こけてしまうだろう。

 事実、伊月はもう三度も転んでいる。
 一日中歩いた伊月の足はくたくたで、もう今日は働きたくない! と主張していた。

「何が太陽が沈む頃には、だよ。もう、月しか見えなくなっちゃってるじゃんか……」

 いつもより青い月は普段より一回り大きく、その違いが『やっぱり異世界なんだなあ』と切なく思う。

「月見は団子だよなあ」

 伊月は朝食用のパンを牛乳で流し込む。
 明るいうちと同じく、気候は穏やかで体に優しいが、牛乳にはいつまで優しくしてくれるだろうか。

 そう思うと、残しておきたいと思う反面、早く処分したくなっていつもより大きく喉は鳴る。

「ねえ、心配してるだろうなー。どうしたものかなあー」

 ゲーム的な展開ならどうなるんだろ。パターンで言うなら、自分は召喚されたのだから、呼んだヤツに帰らせてもらえばいいのだ。

 ただでは帰せん!とか言われて、きっと無理難題言われるんだろうなあ。魔王を倒せ、みたいなヤツ。おっきい城とか乗り込んで、竜も魔族もばっさばっさだ。ざまあみろ。

 きっと今はイベント待ちなんだろうなー。きっと、村に着くまではひたすら逃げで、付いてからは戦い方を教わって、はは。さっきのクマとか滅多切りにするんだ。

 伊月はあんまりやらないゲームやその話を精一杯思い出す。
 ああ、きっと明日は楽しい思いができるに違いない。
 そんなことを想像していると伊月の胸はすっと安らいでゆく。


 転んで腫れてしまったのか、ふくれて痛い右足や、左腕を撫でながら、伊月は木に体を預けて目をつむる。
 寝ている間に何かが伊月を襲わないとも限らない。だが、そんなこと知ったことか。

 伊月は重たくなってきて仕方がない瞼を閉じた。


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