朝、伊月を起こしたのは腕の激痛だった。
驚きに目を見開き、トイレの洗剤を構えるものの目の前には陽光の下、青々とした葉っぱを広げる木だけだった。辺りを見回しても、特に何も目に付く危険はない。
変だなあと首をかしげた伊月に再び激痛が走る。同じく腕からの痛みに伊月は左腕を見る。左腕はぽこんと膨らんでいる。
巨大なニキビのように中は液体が詰まっているようだった。
さらにズキリと痛みが走り、伊月は左腕をがしりと掴んでしまい、さらに痛みを感じて手を離す。
コブの中に一条の朱が走ると混ざってうす肌色だったそれは赤く濁った色に変わった。
「あー、血が出た。なんだこれ? 潰したいけど、ニキビとか潰すと血が出るしなぁ……」
今度はやんわりと押さえ、静かに撫でると痛みも治まってきたように感じる。
時折強い痛みを覚えるものの、大体のところ大丈夫のようだった。
伊月は牛乳と食パン、豆腐を朝食にして再び歩き出した。
段々大きくなっているような気がするコブを押さえながら数時間歩くとついに森を抜ける。
「よっしゃ!! ついに村! 始まりの村到着!!」
転げるように前のめりになって走る。
村は木を積んで作った家が多く、所々に石作りが見える。囲いには山羊に似た生き物が飼われており、ほっとするような安心感があった。
伊月は井戸、なのだろう場所から水をくみ上げている女性を見つけた。衣服はカーテンを巻き付けた感じに近く、堅い布地に見える。
瞳は青く、日に焼けた茶色の髪でどことなくやつれて見えた。
「あ、あの〜。その、こんにちは」
人に会えたことに喜ぶ伊月だったが、突然の来訪に驚いたのか、幽霊にあったかのように驚き、その女性はよくわからない言葉を呟くと洗濯物をそのままに走っていってしまう。
「やば、あの人は言葉が通じない人か。どうしようかな……。まあ、きっと話せる人がそのうち来るよな」
伊月は建物の木陰に腰を下ろしていると他の人間よりは衣類の作りの良い、つまり偉く見える人間がやってくる。
彼ににこっと笑って話しかけるも、彼もこちらの言葉がわからないようだった。ただ、不思議がりつつもあまり警戒がないようで伊月のことをしげしげと眺めたり、くるくると周囲を回って観察したりしている。
彼は伊月の左腕に目を留めると腕を掴み、引き寄せる。顔を険しくすると、呼びに行ったさっきの人間をどこかに行かせ、伊月の腕をひっぱる。
「いたた……な、なに?」
すると彼は自分の左腕を指して、右の手でがしっとつかみ取るようなジェスチャーをした。取る、というか、直してくれる……とかだろうか。
そこまで好意的な空気は感じないが、敵意や悪い感じは受けないのでそのままついて行く。
連れて行かれた先は石を積んで作られており、他の家より清潔感というかさっぱりした感じに見える。それでも、随分と昔に立てられたのだろう看板のペンキは判別しづらい感じに擦れている。
どうやら病院のようだ。
様々な道具があり、病院の香りとは言えないものの、独特な香りがする。部屋の奥には薄いシーツを引いただけのベッドがあり、伊月はそこに寝かされる。
白い衣服を着た老人が奥から現れ、男と何かを話し合ったあと、医師は伊月の腕に手を当てる。
するとどうだろう!
手は淡い緑色に光り、コブが大きく膨れていくではないか。不安げに医師の顔を見るが、特にどうという表情をしてなく、じっと集中しているようだった。
痛みはなく、膨らむコブを見つめていたが、亀の卵くらいになると弾け、ぼとりと何かがベッドの下へと落ちる。
それを見た瞬間、伊月の全身に怖気が走った。
虫だ。虫だった。
床に落ちたうすピンクの虫は弱々しくむにりむりりと動くが、男に布越しに掴まれ、外へと運ばれてゆく。伊月の感じた痛みはあの虫が肉を食べる痛みだったのだ。
それを見届けた医師は光る手を腕だけではなく、全身に当てる。
気孔の治療みたいにふれないで通る手は最初こそほのかに暖かかったが、次第に冷たくなる感じになる。
そろそろ辛いなーと弱音を吐きそうになる頃に頭から足まで終わる。医師は一仕事終えたわい、みたいないい汗をぬぐう。起きあがろうとする伊月を手で制止すると何かを告げ、奥へと戻ってしまう。
「えーと、どうすればいいのかなあ。寝て良いのかなあ?」
しかし、助けてもらっておいて勝手に動くこともできず、ごろりとしたまま目を閉じると、
力士が二階から落ちたような大きな音が響く。ぱっと体を起こし、時計を見る。どうやら三時間ほど寝ていたようだった。
どうするべきかなあと思案していると、部屋に何者かが入ってくる。
「初めまして。大丈夫でしたか?」
伊月は聞き慣れた言葉にほっとため息をついた。