寝ていたせいで少しぼんやりとする目を強くこする。

 端的に言って、彼女は美しかった。

 彼女の衣服はいわゆるシスター服とかゲームでは聖騎士みたいなのがしてそうな感じで、その布地や細かな作りが伊月の世界のものとあまり変わらなく見える。
 彼女の肌は薄く焼けてこそいるものの、髪は燦然と輝く金色で、瞳は深いサファイアだった。電車広告でたまに見る下着のモデルの美女、という感じだ。
 厚い衣服の上からではよくわからないが、その背筋は定規が入ってるんじゃないか? と確かめたくなる感じで、スポーツを結構やってる人、みたいな印象を受ける。
 腰には冗談みたいだが、剣がぶら下がっていたが、衣服と同じく、着慣れている感じがあった。

 テレビでたまに見かけるコスプレなんぞとはレベルの違う、一体感があるのだった。

「あ、初めまして。その、伊月、山崎伊月です」
「はい。伊月様ですか。私はプリシアと申します。伊月様にも話したい、聞きたいことがたくさんあるでしょうが、場所を移しましょう。私の屋敷に案内します」

 彼女は奥から出てきた医師に『診察代です』と言って金色に光る硬貨を手渡した。その時あれ? っと思ったのは口の動きである。
 彼女の言葉は日本語に聞こえる。だが、日本語がわからない医師も言葉を理解していたようであるし、第一、口の動きが日本語にしてはおかしい。

 妖精の時は相手が小さいことから全然気づかなかったが、じっと見ている今はそのおかしさに気づく。なんというか、映画の吹き替え版なのだ。
 うーん、ファンタジーだ。

「それにしても、伊月様は異世界の方とはいえ、無茶をしますね。この時期はあの虫の繁殖期です。アルマイの花の香りを身にまとわずに入れば必ず餌食になる。あと一日、医師にかかるのが遅ければその腕は腐れ落ちたでしょう」
「う、うえ。マジで……」
「はい、マジです。そういう意味では無事に済んだ伊月様は幸運とも言えますね」

 彼女はにっこりと笑う。
 その美しさは伊月には縁遠いアイドルのほほえみのようなもので、顔が一瞬にして真っ赤になってしまう。
 ただ、プリシアはそれに気づいたのかいないのか、平然とした顔で歩みを進める。村を森の方向、つまり伊月が入ってきた方へと歩くと、そこには巨大な竜としか言えなさそうな生き物がいた。

「ど、ドラゴン……いや、飛竜、かな? はは」
「どらごん、ひりゅう……そうですね、飛竜の方が正しいでしょう。三時間ほどこの子に乗れば私の屋敷に付きます。伊月様は乗馬の経験はありですか?」
「え、ぅ馬は一度あるかな。ま、まあ、観光地で乗せてもらっただけだけど」
「そうですか。大体のところは乗馬と同じです」

 飛竜はやはりすさまじく大きく、その全長は12mはありそうだった。体の上半分は堅そうな鱗に覆われ、下の半分は鱗よりは色の薄い青黒い色の体で、鱗ほどは頑丈そうではなかったが、それでもものすごく堅そうである。

 竜はどことなく退屈そうな表情を見せていたが、ぐわりとあくびをするかのように開かれた口には恐ろしいほど鋭い牙が生えそろっており、人間なんてひとかじりでもげそうな雰囲気だ。

 伊月は男の子だ。だから、トカゲとか蛇には気持ち悪さ以上にかっこよさを感じてはいたし、子供の頃、恐竜とか大好きだった。竜がいるなら会ってみたいなーとか思っていたが、いざ目にしてみるとやはりその存在は恐ろしく、近寄る気になれない。

「大丈夫ですよ。イザークは人を食べませんから。優しい子です。――イザーク! 彼は伊月様。異世界からの客人です。丁重に扱いなさい」

 その言葉がわかるかのようにイザークは首を縦に振ると、体をぺたりと地面つける。プリシアは伊月の手を取り、竜の背中へと乗るように指示する。背中には馬にあるような鞍があったが、馬のそれより遙かに複雑そうな感じでたくさんのひもがぶら下がっている。

 伊月は鞍を掴んでのぼろうとしたが、竜の体は意外につるつるでとっかかりがない。
 苦労する伊月をプリシアが押すようにしてようやく背にのぼると、プリシアは鞍を掴んで楽々とのぼる。さすがだった。


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