鞍に乗った伊月の足や腰をプリシアは紐で固定し始める。
 同じく竜の体に乗って行われる行為は運転席に座った人間が助手席の足下に落ちた物を拾うようなそれで、端的に言えば柔らかかったり、良い匂いだったりする。

 向こう側に意図のない行為に勝手に興奮してしまう自分の心に体も暑くなってしまい、手でぱたぱたと扇ぐようにして冷まそうとする。

 彼女が動作する度に体をこする絹のような髪は何より美しく、見知らぬ他人だというのに、なんだかこう、さらって閉じこめたくなるような美貌だ。

「はい、終わりました。苦しくはないですか?」
「いや、全然そんなことないです」
「そうですか。なんだかリラックスされたようで嬉しいです。乗員に緊張があるとイザークもまた体を固めます。よい飛行を楽しめないでしょう。それでは行きますよ」

 プリシアは伊月にゴーグルのような物を被せ、そういうと彼女は竜の腹を蹴る。不満の声はなく、よしきた、合点! という感じの叫びが上がり、両翼が大きく振られた。辺りに大きく土埃が舞い、体を薄い浮遊感が覆う。

「きますよ」

 なにが? 
 そう問う暇すらなかった。竜の足が一瞬地面に着いたかと思った瞬間、圧倒的な圧力が伊月にかかる。ジェットコースター以上の圧力はいっそ痛い。

 だがそれも四五秒ほどで終わり、伊月はぎゅっと強く閉じていたまぶたを開ける。当たり前の話だが、竜は空を飛んでいた。

「す、すげー。すげー、これすげー!」
 
 興奮に声の上がってしまった。彼女はあまり気にしていないようだったが、伊月が落ちてしまわないようにだろうか。伊月の腰を回された腕に力を込めた。
 
「風を楽しんでもらえましたか? それでは速度を上げます」

 今、伊月の体を叩いて行く風はかなりの強さだ。正確には風を伊月達が叩いている、と言うことなのだが、ともかくすごい強さで、寒さである。これ以上速度を上げられるときついかもしれない。

「え、や、ちょっと手加減があると嬉し――」

 大きく叫んだつもりだったが、聞こえなかったのかもしれない。竜は吠え、目に見えて速度が上がる。森や丘を越える早さが上がる。
 だが、風は止まった。

「ようやく会話ができますね」
「あ、まあ、そうだね、や、そうですね」
「私は砕けた話し方の方が好きですよ」

 風の止まった途端、風にたなびく旗のような状態だった彼女の髪は重力に従ってすらりと下に落ちている。つまり、魔法なのだろう。この凪いでる状態は。

 「ど、どうも。あの、プリシアさん、僕はこれからどうなるの?」


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