「どうしました? さあ、こちらへどうぞ」

 釈然としない気持ちを感じながらも屋敷に入る。中の作りもまた、外見と同じように立派で、随分と手が入っているようだった。
 質は古く、二、三代使い続けてきた感じがあるが、手入れのせいか、古くささはしなかった。

 プリシアがそういうのを好む人間なのか、屋敷には花が多く飾られ、微かな花の香りがした。

 案内された先は豪邸案内、みたいな家で使われそうな高いテーブルの置かれた部屋だった。足下には何かの毛皮を引いた絨毯があり、靴で踏むと罰が当たりそうな感じである。

「さあ、席にどうぞ。私の名前はプリシア=ドニカ=キザニア。この国、エルラリアの聖騎士に勤めさせていただいています。あの村を含むこの一帯の領主でもあります。私は領主として領地を、領民を守らねばならない立場にあります。伊月様。あなたはどのようなご用でこの地にいらっしゃったのでしょうか?」

 じっと伊月を見つめる目には敵意こそ感じられない物の、鋭さがあり、伊月は萎縮してしまう。それに気づいたプリシアは困ったように苦笑する。
 すると空気が柔らかくなり、伊月はため息をついてから答える。

「……別に、なんてもんじゃないよ。目的なんてない。だって僕はここに来たくて来た訳じゃないし、どうして来たのかもわからないんだから」
「――確かに、嘘をついている目ではありませんね。信じます。……お腹もお空きでしょう。それでは食事を運ばせます。ジャン。お願い」

 プリシアは後ろに控えている男、ジャンに言葉を投げかける。彼は一礼すると部屋を出ていった。


「プリシアさん、さっき言ったばかりだけど、僕はここに何かをしに来た訳じゃないし、何かをするつもりもない。だから、その、帰りたいんだ。元の、世界に」
「残酷な話ですが、方法はありません。察しているかもしれませんが、この世界には度々、あなたのように異世界、地球から来訪者が現れます。彼らはあなたと同じように唐突に現れ、消えることなく、この地に骨を埋めます。だからあるけれど帰らなかったのか、ないのか、見つからなかったのかの判断は私にはできません。正確にはわからない、になります。ですが、容易いものではないとだろうと最初に言っておきます」

 プリシアの言葉は伊月の心を切り裂いた。いや、予感はそりゃあったし、現実はそんなものだろうとも思う。

 伊月は自分の頭に問いかける。『今までこの世界の話を一度でも聞いたことがあるか?』 ――ない。つまり、そういうことだ。

 今まで不可能だったことがこれからも不可能であるという訳ではない。伊月にはとてつもないハードルのように感じられる。

「……ここで、生きていくしか、ない?」

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