*人形キューピッドでふう*


 ただいふぁーと元気な声が響く。多分アイスを咥えながら帰ってきたのだろう。普通の半分程度の回数、階段を軋ませ弾む。

 達彦は上機嫌な笑顔でもって戻ってきた。だが、機嫌がいいのは向こうだけではない。迎える私の笑顔もまた、上機嫌なそれで映っているだろう。

「ほい。アイスー」
 達彦はスーパーの袋ごと、アイスを放る。ぽーんと放物線を描きながらそれは両手目がけて飛んで来る。
 手で触れた瞬間から、冷たさをびしびしと感じる。
 
 透明なフタ越しに見えるスライスレモンがじんわりと口中を刺激した。れもん。その単語を頭に浮かべるだけで食欲がわく。それが冷たいというのならばなおさら。

 すぐに食べてしまうのがもったいなく、アイスを頬に当てたりともて遊びながら、元の場所に戻した(でも、バスケットは剥いだままである)でふうを指さし、

「ねえ、あんたこのぬいぐるみなーに?」

 にやにやとしながら弟の顔をん〜? と下からのぞき込むと面白いほど一瞬にして赤く染まってしまった。
 ふたをぱりと剥がし、その裏を舐める。人前では出来ないはしたなさかもしれないが、弟の前は違う。
 
 ふたの溝に流れ込んだ溶けたシャーベットをちゅっと吸い込み、もはや用のないそれをゴミ箱に放る。しまったと言うような表情でかちこちに固まった弟の頭をぺしぺしと叩く。

「大丈夫か〜?」
 それではっと我に返ったらしい。ぷるりとふるえると喚き散らすように、だが大声が過ぎると叩かれると知っているせいか声は抑えている。

 シャーベットの表面をしゃりしゃりと堀り進む。掘っては食べ、掘っては食べる。

「それは……。か、勝手に見たな! 姉ちゃん!」
「いやあ、ワタクシ、実はかわいいものに目が無くて〜。センサーが反応しちゃったのよね。いやあ、すごいなあ。私。」
「絶対嘘だ。ぜえーったい嘘だっー」
「あっはっは。お姉様を嘘つき扱いか、こら」

 アイスを机に置き、赤くなった耳たぶに手を伸ばす。ふにふにとこねた。熱を帯びているが柔らかい。
 握った弱みを武器にやりたい放題だった。ふにふにからみょーんと伸ばす動きに変わると何が嫌だったのか、手を払われた。

「の、伸びるだろっ!? 別に、おれの趣味じゃないっ。……ほ、ほら、先月おれの誕生日だっただろ。姉ちゃんもプレゼントくれたじゃん! その日にクラスメイトがくれたんだよ!」
「そういえば、バスケットボールあげたわね」
「そうだよ、そうだよ。あれ、ありがとう。すごく嬉しかった」

 目が笑い、輝き、続いて口がにんまりと弧を形作る。あふれんばかりの輝きが漏れに漏れ、溢れに溢れた。
 それに感謝の言葉を重ねているのだから、誰もがその事実に感激しているのだろうと思いこむだろう。

 だが、姉や母を欺くにはまだ甘い。

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 何度読んでもwebで出すものじゃないなあ。