番外編競作 禁じられた言葉 参加作品 / 注意事項

陰(おん)みょる者的日々 番外編

そそがれた涙と心。

written by にゃあ
*そそがれた涙と心*



 ゆっくりと、頭の中でその言葉を噛み砕いていき、そうしてようやっと理解したようだった。
「水をかぶるの? わたし、やだ!」

 禊をしろと強く言う父は静かに、だが確かな怒りの炎を目に込めて冬歌を見つめ続けていた。
 吐息は瞬間に凍り、白い靄のようになって吐き出される。
「ともだちが、いってたもん! お前の家はおかしいって! 化け物の家だって!」
 くしゃくしゃに顔をゆがませて、冬歌は泣く。泣き続ける。

「弱い……な」
 そう思う。あの少女を見て、何度も、何度もそう思う。
「でも、綺麗でしょう?」
 稽古場の窓枠から覗き見をしていた清春に母が囁くようにそう言った。
 どこか、妖艶な気配と微かな甘い花のような匂いが漂うその女を好くことができなかった。
 嫌いだった。
「そんなことない。ぐちゃぐちゃで、全然良くない。俺よりひとつ上なのに、泣いている」
「そう? あの人は泣き顔こそ女の中で最も美しい表情と私に囁いたものだけれど、あなたは違うのかしら? 可憐であると思わない?」
 その会話を聞いたわけではないだろう。だがその問いの答えに近い言葉を姉は叫ぶ。

「わたしは、ちがうもん! みんなとおなじなんだからっ」
 何でなのだろう。その言葉が胸に響く。わたしはちがう。みんなとおなじ。違うのは……ダレ? 同じのは……ドイツ?
 下唇をぎゅっと噛み、爪で皮膚が破れるくらいに力を込めてこぶしを握る。なぜ、こんなに悲しいんだろう。
 肩に手を載せる母のそれを払い、駆け出す。

「きよらかす さゆらかす かみのみいぶき……入式神見幻夢っ」
 手で素早く九字をきる。完璧のタイミングで式は完成し、輝きだす。式より何百ものカラスが出現した。
「白月冬歌を探し出し俺に知らせろ」
 一体の大きめなカラスだけが残り、他が一斉に飛び立つ。
「あね、あね、あね、あね。いとしいあね。……どこが愛しいっ』
 自身の中に叩き込まれる言葉がにくい。
 重荷だと思っている。邪魔だと、そう思っている。
 なのに、この身に刻まれた誓約が心を支配する。彼女を守れと。彼女を追えと。
 けれど、頭ではその思いを認められない。
「川の方、か」
 上方を飛ぶカラスの親玉に伝えられた情報を元に冬歌の居場所へ向かう。
 橋の下で、膝を抱えながら川の流れを無心に見つめ続ける一人の少女。
 風は強く、川の冷気を含んでいて、それは凍るように、身を縮ませる。
 どう、声をかけよう。
 そう思い、ちらりと彼女の顔を見やれば、頬に乾いた涙の後があった。
 
 ……何故か、胸が痛かった。とてもとても痛かった。
「姉さま」
「きよはる?」
 彼女は将来、家を継ぐもの。そして自分は正妻でなく、ただの女の……だだの母の子。ゆえに、様をつけて呼ぶ。
「いつも、見つけてくれるんだね」
 先ほどまでの、冬の冷気に凍ったような無い表情ではなく、微かな笑みを浮かべた。しかしそれも川の冷気か、はたまた別の何かが、か?
 瞬時にしてもとの表情へと戻す。

「なんで、わたしは家をつがなきゃいけないの? わたしは、つぎたくない。わたしはやだ。あんなのやだ」
 手で顔を隠し、再びしくしくと静かに涙を流しだす。
 清春は冬歌の手を強引に引いた。
力の入っていない腕は簡単に隠していた顔を見せる。その表情に浮かぶのは驚き。
 濡れた顔。流れている涙。
 清春は顔を近づけ、涙を舐めた。顔を舐めた。
「……しょっぱい」
「犬みたい。……きよはる、いぬみたい、ね?」
 さっきまでの、弱弱しい笑顔でなくて、満面の、美しい笑みが浮かぶ。
 清春は思う。これのほうがよい、と。
「ありがと。きよはる。わたし、きよはるのこと、好きだよ」
 その言葉は体の芯の部分を熱く、熱く燃やす。
 そのことを悟られないよう、あくまで冷静を装いつつ、告げる。
「俺は、冬ねいのこと、愛してるよ」
 再びその表情に驚きを浮かべる冬歌を押し倒す。
 柔らかな短い草がそれを受け止める。両手で彼女の腕を掴んで……唇を合わせた。
「……誰にも、渡さないから」
「ふぁ、ふぁあ……。キスされちゃったぁ。……冬ねい?」
 きっと、思いは伝わっていないのだろう。
 なぜなら彼女にとって清春はあくまで弟であるのだから。
 ノンカウントの口付けはファーストキスにはなってないだろう。けれども、愛しているよ。冬ねい。
「冬ねい。いつもは、姉さまって呼ぶけど、二人だけのときは……冬ねい。二人だけの、秘密」
「秘密……」
 目をぱちくりとさせながらも、だんだんと穏やかに微笑みだす。頬には赤みがさした。元気には、なったのだろう。
 清春は立ち上がり、冬歌へと手を伸ばす。
「さ、帰ろう?」
「うん」
 そう、これは禁じられた言葉。
 弟から姉へと送られた、伝わることの無かった禁じられた言葉

 冬ねいのこと、愛してるよ
 そう、誰にも渡さないから……。



オワリ

本編情報
作品名 陰(おん)みょる者的日々
作者名 にゃあ
掲載サイト ニャイトメア
注意事項 年齢注意事項なし / 性別注意事項なし / 表現注意事項なし /
紹介 貧乏・才能なし・美少女の高校生冬歌は貧乏を除けばわりと完璧なのに
とあるコンプレックスがあった。退魔の才に乏しいのだ。
そんな冬歌の弟清春は天才的な才能の持ち主で……?
[戻る]