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*陰みょる者的日々*
その弐





「はあ。どうやったら強い式神を手に入れられるのかなあ」

 背もたれにだらしなくのっかかる。
 その背もたれは私の呟きであって、質問でなかったそれに答えた。

「重いです。――それにはまず、式神を知らねばなりません」
「十分知ってるよ」
「そうですか? ではどうぞ」

 そっけないその言葉にぐっと拳を握り締める。
 清春はその様子を楽しそうに見ている。手助けはなさそうだ。別にいらないけど。
 背もたれになった柊の問いに、色々と考えながらも、とりあえず今までに教わったことを口にした。

「式神。世界にこもりし精霊を、呪によって拘束、契約するもので、他には呪を書いた紙に霊力をこめることにより動物に変化させる式紙って形もある」

 柊はそれを聞くとこくりと頷く。しかし、頷いたせいで背もたれ的角度は下がり、はため、彼女は押しつぶされそうであった。
 私は下からの押し戻そうという微弱な力を感じたが、押し戻されないようにさらに力を込める。ちょっとした意地悪だ。

 ああ、かわいい。すごくかわいい。
 今日もコミュニケーションばっちしだね。

「そうですね。
あと、式神は己の力量にあったものしか契約できません。
例えば、清春様の場合、強大なる霊力は生半可な精霊では供給のしすぎになり精霊は霧散してしまうため、自分に合った精霊と契約する必要があるのです。
逆に冬歌の場合は霊力が弱すぎて精霊は供給のなさに死滅してしまうのです。食いすぎと空腹は両方精霊にとって危険ということですね」
「じゃあ、霊力を高めればいいの?」
「ええ。ですが、修行によって高められるのは霊力の制御力であり、霊力はそう高くはなりません。よって才能のないものは永遠に才能無しのままです」
「じゃあ、私は一生才能無しのままなわけ?」

 それまでニコニコと二人の話を聞いていただけだった清春はう〜んとうなってから言った。少しだけ、首をひねって。
その表情には幾分か難しいものが込められている。

「そういうわけじゃあ、ないんだよね。冬ねいさんの場合。強い霊力は感じるんだ。確かにね。でもなんていうかな。それを巨大な壁が封じているというか……」

 清春の言葉に柊もうんうんと頷く。
 その言葉を何度か頭の中で呟き、理解する。
 柊は清春の説明に続く。

「そんな感じです。そのせいで冬歌は壁からもれる少量の霊力しか行使できないのです」
「え、じゃあ才能あるの!?」
「はい。ですがいいえ。……あっても何もできません。
壁は強大で、多分殺す気でやらねば壊せないでしょう。
それに例え上手く壊せても冬歌自身の制御力がまったくないですから。押し寄せる霊力にその身をつぶされることになります。どっちにしろ冬歌は死んでしまいますから不可能です」

 それを聞き、落胆する。せっかく何とかなると思ったのに。せっかくの期待の上昇が、急激な下降によって落とされる。
なんと言えばいいのだろうか。言うなれば、ぷ〜んぷ〜ん、べしっ! だ。うん。何を言っているのだろうか。

 でも、少し違和感に気づいた。恨みがましいことかもしれないとは思うが、私が術を使えないことに心を配ってくれた柊や、まあ、清春だ。せめて何か言ってくれててもいいはずだ。

「……じゃあ、なんで今までそのこと言ってくれなかったの?」
「いえ、不思議なことなのですが、今まではそのように見えなかったのです」
「……見えなかった?」

 柊は助けを求めるように清春のほうを向く。清春は、自分の頬を指でかくと、

「いままで……そうだね、一週間ほど前までは普通に才能がないだけのように見えてた。それが急に冬ねいさんの中に壁が現れた。
しかも壁の向こうには結構な量の霊力があるようだし。状況からすれば、きっとだれかが冬ねいさんのことを今まで隠してたんだろうって。――だから」
「だから清春様は普段は進んでやることのない依頼をいくつか受けて、解決したのです。その中に何か手がかりがないかと思って。自然な現象ではありえませんからね。」
 
 柊が冬歌の髪をすくように撫でる。永遠の若さを持つ精霊。そうはいっても、いくら知識を持っていたって、ただの幼い少女にしか見ない。でも、そのときは、なぜか慈しむような目が柊を見た目道理ではない、大人に見せていた。

 ……清春が。そっか。
 いつもいつも手間を掛けさせてくれた困った弟。いつでも後を追ってきて、私のものは何でもほしがった。同じものをほしがった。
自分には才能がなくて、弟にだけ、才能があったと知ったとき、どんなにそれが悔しかったか。その頃だろうか? 清春が私に結婚してと言い出すようになったのは。
 と、なんとなくらしくもない感傷をいだき、そしてそれを壊すのもまた、感傷の主なのであった。

「冬ねい。惚れた?」
「惚れん。完全無欠に」
「冬歌。そこでころっと惚れるのが乙女のたしなみです」

 何もわかっていない。そういわんばかりの柊の言葉に即効に返事をする。

「知らない。だまってなさい、柊」
 
 何を考えてたか忘れた。ああ、確かその頃から弟が鬱陶しいほどになってきたって感じだったはず。
怒られてしゅんとした二人。といっても情けは無用。長年の付き合いからそれがただのポーズだとわかるから。

「で、その原因って分かったの?」
「分かってたらもう言ってる。けど、多分随分な大物がかかわっている」
「最近、雑魚の動きがめっきりと減りました。
その代わりに起きている事件はすべて中堅クラスの者たちです。腕の良い退魔士でも少々きつい程度の。確実に何かが起こっています。そして、冬歌。あなたは多分、その中心にいます。気をつけてください」
「なにを?」

 私の中の壁とやらが消えた時期と重なるから、私を中心だと考えたのだろうか? 私は、何をすればよいのだろう。言葉を待つ。
待つが、なんだか言葉に詰まる柊。おいおい。
 十数秒を無言で過ごす。根強く次の言葉を待つ。そしてでてきたのは……

「無遅刻無欠席?」
「休んだことなんてないわよっ」

 これである。私は心底あきれた。
 結局のところ何も分かっていないからどうしようもないらしい。
 いつも通り生活しながら、学校から帰ったら清春の退魔行に付き合う。それがとりあえず今日の結果だ。なんて少ない……。

 それと、これからは霊力の制御の練習もしなければならない。もし、何かがあって壁が壊れてしまった場合のためのものだ。柊は「命を守るため」と言っていた。言われるまでもない。それでなくても自分の力が抑えられるようになれば――。

 (私も、柊みたいな強力な式神が使えるようになるかもしれない!)

 その日はどきどきしてぜんぜん眠れなかった。何かが起きるかもしれないなんてことより、もしかしたら、がんばれば、そうすれば私も力をって。
 死んじゃった母さんとの誓いが、もしかしたら叶うかもって。

 (そう思うと、嬉しくってどうしようもないよ)

 っま。それはそれとして。お金どーしよ。毎日付き合うってなるとバイト行けないなあ。ただでさえ赤字なんだけど。
 急いで、バイト先に電話する。何とか言ってみるが、今週は休んでは困るといわれた。そりゃ、いきなりじゃしょうかないよね。

 子機を耳から離す。手にそれを持ちながらも、カーテンを払い、窓を開け乗り出し、縁に座る。周りに高い建物はなく、空を塞ぐものはない。
 風が体を通って行き、ふわふわと踊るカーテン。月夜の光は怪しく輝いていた……。




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