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*陰みょる者的日々* その参 |
とりあえず、宣言したことでもあるし。 冬歌は二人分の食事を作り、用意だけして自分だけ食べ始める。湯気を立てるお味噌汁とわりと食べあいの悪いコーヒー。それに目玉焼きとご飯。朝は基本的にこれだ。 猫舌なので、ご飯を食べてお味噌汁を飲み終わったあたりでちょうど良く飲める温度になる。 ブラックは飲めないので砂糖を四杯とミルクを入れて。ブラックで飲む人間なんて人間じゃない。きっと我慢してかっこつけてるだけに違いないと信じてる。そんくらい苦手だ。 う〜ん。無理やり飲む男なんて嫌いだ。 「いただきます」 ネコのプリントのあるかわいらしいパジャマを着た柊が食卓に現れた。 学校へ行っていない彼女は今の時間帯に起きる意味はないのだが、何でも朝は喉が渇くらしく、コップに水を注ぎ飲むという行動をいつも三度以上はするのが習慣だ。 「冬歌。別に食事くらいは清春様といっしょにすればよいのでは?」 「ヤダ。一緒に食べてると学校へ行くのも一緒になるでしょ? 姉弟一緒、仲良くの登校なんてや〜だ」 「複雑な年頃……。私は二度寝します。一応、これを」 四度目の水のおかわりをしてから柊はぺらぺらとした小さい薄い物を手渡す。呪符だろうか? つるつると指の滑るセロファン的な材質にはさまれた複雑な文様を刻まれたそれはどこか温かい感じを持つ。 霊力がこもっているのは間違いないところだろう。 「……式神の癖に二度寝か。いいご身分ね」 「式神ですから」 にやりと笑う。でも見た目はかわいい子供だから、なんとなくほほえましい。ああ、だまされるなあ。なんか。 でも、癒されるというか抱きしめたいというか。 冬歌は渡されたものをかかげてみる。太陽の光はそれを通して輝く。先ほどまでと同じように複雑な紋様にも見えなくもない……が。 「葉っぱのしおり? 葉脈のやつね。これがどーしたの?」 「私の力がこもった柊の葉です。 冬歌に何かあったときのために。しおりにすれば持ち歩いても、違和感はないはずです」 「まあ、ないね。多少変な模様が書き込まれてるし、私があんまり本を読まないってのだけが欠点だけど。 ……けど、心配性ね。まあいいや。もらっとく。んじゃ、――いってきまーす」 「はい、いってらっしゃい」 徒歩で数分の距離に私たちの学校はある。 これというほどに特徴はない。スポーツが盛んだが、何かの大会に優勝するほどには強くない。勉学も盛んだが、特筆するほどではない。そんなところ。 私は下駄箱を開け、中に入っていた手紙を手にとって一通一通見る。 「知らないなあ」 そう呟きながら上履きを履き、別の下駄箱へ移動する。 遅れないように早めにでるのが日課なので、まだ下駄箱に生徒がたくさん駆け込む時刻ではない。というか二、三人ほどしかいない。 彼らは冬歌に気がつくとへらへらと笑いかけて去っていった。 わりとこの辺りは静かで落ち着いた感じだが、何故か下駄箱前という場所は長くいたい気にならないのが不思議だ。靴があるからだろうか? 「お、相変わらずいっぱいね」 一年の下駄箱へ移動すると何度も行っているのですでに体が覚えている弟の下駄箱の場所。そこを空け、自分の下駄箱へ入っていた手紙を入れておく。 よし、OK 「相変わらずせいが出るね〜」 「わっと。赤坂じゃん。驚かさないでよね〜」 「ユッキー。それラブレターでしょ? さてさて、今日は何通かな〜?」 「三通」 「おっと、こらまた。もてもてだね〜」 「清春には負けるわよ」 その清春の下駄箱には七、八通の手紙が入っていた。清春の下駄箱に今まで入っていたものを下の段……靴を入れるほうに入れておき、冬歌は自分のものを上の段……上履きが入れてある段に入れた。 「そういえば、ユッキーてばなんで弟君の下駄箱に自分がもらったラブレター入れるの? つーか読んであげなよ。せっかくくれてるのに」 「今見せなくても家に帰ったら見せなきゃいけないから面倒で。何でかって聞かれる前に言うけど、あいつ駄々こねんのよ。 見せないと。力ずくで奪うし。(清春がじゃなくて式神にやらせるんだけど)それに読まないのは手紙なんて女々しいの嫌いだから。まあ、知人だったら読むことにしてるけど」 赤坂はその表情をにやにやとした含みのある笑顔に変えた。 「ほほう。力ずくですか。激しいですねえ? ユッキーの家は。禁断ら〜ぶって感じ?」 「んなわけないって。それよりどうしたの? こんな時間に下駄箱前にいるなんて。別に今来たわけじゃないでしょ?」 赤坂 京子(あかさか きょうこ)はポケットに手を突っ込むとそこからマイクを取り出した。 二年にして放送部部長兼新聞部副部長の彼女は歩く情報源。 様々な秘密をその手に握っている歩く週間雑誌なのだ。 わりとデマが多いので、信用があまりないけれど面白いので皆放っておいて楽しんでいる。 「ふっふっふ。今日実は転校生が来るんだよーん。知ってた? ねえ? 知らないでしょ〜」 「知らない。興味ない」 「うーそー。絶対嘘。興味あるっしょ? 男! しかもかっこいいんだって! こりゃ、しょっぱなぶつかって運命の出会いするしかないかなーって待ち伏せしてるのだよ。冬歌君」 「誰が冬歌君かっ。……待ち伏せの時点で運命じゃないし。まあ、がんばってね」 めんどくさくなって私は会話を切り上げ、教室に向かう。 一階から、十三ない普通の階段を一段ずつ意味なく踏みしめるようにのぼり、教室に入る。 仲のいい数人に挨拶をし、挨拶をしてきた人間に挨拶を返して席に着く。 これといって変化のない時間。 「つまんないなあ」 そう呟く。呟きで何かの変化が起こるものではないのだけど。 まあ、いつもつは少しだけ違った。 教室に入ってくる生徒たちも赤坂の話しを聞いていたのか、転校生の話で盛り上がっていた。 少しすると、とぼとぼと赤坂は帰ってくる。 なんでも噂の男には会えなかったらしい。がっかりしたのか、それだけ告げて、席へ戻っていった。 「さあ、ガキども。騒げ。転校生だ。お約束どうり美女だぞ」 ざわめく教室。 なるほど。男でなく女だったのか。そりゃ会えないだろう。 きりりと目が鋭く、きっちりしたスーツを着た教師。姓は差更(ささら)。顔に似合わずかわいい響きだが、本人は意外と自分の苗字が好きらしい。 逆に名は麗(れい)麗子とかそんな感じで、ちょっと似合うが、嫌いらしく、呼ぶとはたかれる。 見た目は怖いくらいの女性だが意外とユーモアがあり、真剣な心配事や厄介ごとの相談にも嫌な顔をせずに乗ってくれるので隠れて人気が高い。 まあ、普段から無表情チックで顔を変えない人だけれども。 先生はドアに向かって入ってこいと声をかけた。 「大空 翼 (おおぞら つばさ)だ。よろしく」 入ってきたのは確かに顔の整い、きれいな人間だ。ああ。確かに。美女といえるかもしれん。皆は息をのみ、教室は静まり返る。氷の美女。 それが普通のというか、美女であれば問題なかったのだろうが、大きな……それはそれは大きな問題があり、次第に教室中にざわめきが漏れ始めた。 「せ、せんせー。大空さんは……そのう」 一番前の席に座っていた委員長が手を上げ、発言した。 だがそれ以上は言えないのか、視線はきょろきょろと周囲を巡り、私にたどり着く。 しかたない。私は立ち上がり、質問した。 「その、大空君は、男の子?」 大空はその質問に怪訝そうな顔をする。まあ、わからないでもない。彼は淡々と、質問だけに答える。そこに余計な物はない。 「当たり前だが男だ」 運動でもしているのか無駄な脂肪のない、しかもしなやかそうな体。 髪の毛はまあ、短くなく長くなく耳にかかる程度。そして甘いマスクはきっと男子を誘惑だ。いえい。 そんな美女は男子用の制服を着てたわけである。 クラスメイト一同団結。 『せんせ〜〜』 仲のいいクラスだと思う。あとで赤坂に聞いてみたら『転校生君は教師用の下駄箱あるほうの入り口からはいってったって情報来てさー。あっちって職員室に近いでしょ? ってことは先制失敗じゃない?』って。ああ。なるほどね。 今日も、穏やかな風とともに時が流れる。 |
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