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*陰みょる者的日々*
その七





「は、ハズレ?」

 モノが激しく飛び交う中、別に姿が見えるというわけではないが上を向きつつ言う。床に這いつきばりながらではあったけど。

「ハ〜ズレ。不正解者にはぁ〜、ビックなプレゼントォ」

 それまで激しく飛び交っていた多数のモノが、一瞬停止し、こちらに猛スピードでぶち当たり始めた。
 激しい破壊音と衝撃。盾にしていたタンスがめりめりと砕ける音もする。

 ……遊ばれてる。
 いちいちタンスに当ててるのが証拠だ。上から狙えば盾にしているタンスなんて意味がないのだから。

 私は拳を強く握り締める。これは悪霊もいいところだ。
 なら、正体は? 家族の霊でないのなら? 何がある?
 そうして気づく。確かに私は高い霊力を持つわけではない。けれど、そういう類の存在を見れないわけじゃない。
 もちろん、強い存在が自らを隠そうとすれば見えないかもしれないが。

 ……つまり、幽霊じゃない。

 頭に柊の言葉が浮かぶ。『モノに宿った低級霊ですし』
 モノに宿ったっ! 閃いたら行動あるのみ!

「盟約と風と炎の祈り。今ここへあらわさん。急々如律令!」

 ペンダントが光り、トイプードルのゴンザレスが現れる。
 ゴンザレスは不満そうな顔をしながらも、周囲の様子に怯えはしていないようだ。

「何でもいいからっ、何か壊れていない、霊的に力のあるものを持ってきてっ」

 これだけモノを壊しているのだ。壊れていない、しかも霊的な力を持つものは少ないはず。そして、それが正体である可能性が高い。
 そして正体さえわかれば、道具がなくても力ずくでおとせるはずだ。

「へえ。一応、退魔士なのね……。力もないくせに」
「い、一応も力もないもよけーよ」
「私はあるわ。今、溢れんばかりにね」

 力が溢れてる。確かに、そうだろう。

 怪談になる程度の存在がこれほどのことが出来るようになっているのだから。
 本来この程度のレベルは強い退魔士、例えば清春ならば退魔しようという意思とともにこの家を訪れるだけで弱り、場合によっては滅されるか弱いもののはずだ。

 もちろん、私では近づいても全然だめだし結構な脅威ではあるが……。

 だが、今目の前にあるものの力はそれとは比べ物にならない力だ。
 すなわち清春と柊に聞かされた異常事態と一致する現象がこいつにも起こっているということ。

 低級のはずが、これほどまでに現世に干渉できるようになる。……この現象、そこら中で起きてるなら、ホントに、すっごい問題じゃない。
 今更ながらだけどそう思う。

 しかし、こいつを調べれば、もしかしたら原因がわかるかもしれないではないか。
 タンスにぶつかるモノの破壊音と砕け散り、時折体にぶつかる物に耐えながら、ゴンザレスを待つ。
 そして、ゴンザレスは来た。……数珠を持って。

「アホー! もっと、こう、正体っぽいのに決まってるでしょー!!」

 顔が青ざめるのを感じる。そしてそれは、上の方から感じる霊気のせいだ。殺意の波動だ。感情には波動が宿る。怒ってる人間のそばにいれば辛いし、殺意を持って睨まれればそれだけで恐怖する。
 そして、妖ならばその感情だけで実害になる。わかりやすく言うならば呪いになるのだ。

 体が微かに震えだす。私は恐怖している。体が怯えている。
 私は耐え切れずに、上を向く。

「あなた、私を殺すのね。本気で消そうとするのね。なら、私があなたを消すわ。私、死にたくないもの。これだけ力が満ち溢れてるのよ? もっと、もっと力が増せば私、きっと人間になれるわ」

 それまでタンスにぶち当たっていたものが、私に振り落ちてくる。軽いものはいい。痛いだけ。けれど、刃物や、硬いものは……。

「〜〜〜!!」

 体を引き裂くカッター。幸いにも怪我は軽い。しかし、このままここにいるわけにはいかない。
 ダッシュしつつ、床に落ちていたおぼんを手に取りまた走り出す。
 当たっても平気なものはなるべく無視し、怪我するモノのみをおぼんを盾にして防ぐ。

(けど、人間になる? 何故そんなことを願うの?)

 力に満ち、今まで出来なかったことが出来るようになる。
 もっと強くなりたい。それはいい。私だってわかる。そうなりたいと願っているから。
 けれど、アレがなりたいと願うのは強者ではなく、人。

「……! 人形!」
 
 ひとかた。人を真似たモノ。偽者が、偽者でなくなりたいと願う。私は本物だと歌う。
 周囲を見ながら走る。無い。人形はところどころにあるが、霊力を持つものが無い……。
 違うのか? 人形じゃないのだろうか?

 走りに走って、突いた先はリビング。
 そしてそこには人形のようにかわいらしい少女がいた。しかし、今表情に驚きを浮かべている。そりゃ、お姉さんが走ってくれば、そうなるかもしれない。

 しかし、何でこんなところに? 中学校の子なのだろうか?
 後ろにまた飛んでくるモノの気配を感じる。悩んでも仕方が無い。このままではあの子も巻き込んでしまう。

 手を引き、無理やりその場を離れる。
 強烈な破壊音が先ほどいた場所に鳴り響く。ガラスが割れる音もした。そのうち人が来てしまうかもしれない……。

「お姉さん、怪しくないからっ」

 そう言って少女の手を引っ張る。

「いえ。自分を殺そうとする女は怪しいでしょう?」

 どんと力いっぱいに突き飛ばされる。男のような強い力に冬歌は床に転ぶ。
 しかもそれに合わせ、いくつものモノが飛んできた。幸いに軽いものだったようだが。

「かはっ!?」
「ねえ、見て。すごいでしょう? もう、ほとんど人間と変わりないわ。歩けて、喋れて、考えられる。……誰も、私を人形だなんて思わないわ」

 少女は……いや、人形は浮いていた包丁を呼び寄せ、握る。やわらかそうなほっぺたにそれを擦り付ける。狂いの混ざった幸せの笑み。包丁に黒髪がかかる。……怖い、そう思う。

「血が見たいわ。赤い、赤い血が」

 人形は手に持った包丁で自分のほほを薄く切る。「ほら、私、まだ血が出ないの。あなたのがほしいわ」……冗談じゃない。

 けれど、迫り来る包丁をよける力が私にはもう無かった。目をつむり、そのときを待つ。けれど、それは訪れなかった。

「冬歌は、本当に手が掛かりますね」

 白銀の髪が冬歌の前に揺れる。ゆらゆらと。柊の前に薄い緑色の膜が出来ており、それが包丁を防いでいた。

「な、何故!?」
「式神が霊能力しかないと思うのなら大間違いです。この程度の物理攻撃は防いでみせます」

 柊は手を払って幕を消すと、戸惑う人形に手を突きつける。いく層もの呪印が浮かび上がる。

「退魔せよ」

 その、短い一言に強力としか言いようの無い凄まじい強制力が生まれる。人形の先ほどまでの気配は消える。

「く、くやしい! ずっこ! 強くてずるい!」
「助けたのにそれですか。冬歌。何か忘れてるんじゃないですか?」
「た、助けてくれてありがとう」
「良く出来ました」

 そういうと柊は冬歌の体に出来た傷にくちづけする。
 唇の柔らかさを感じ、そうして全身にできた傷を思い出した。痛い。夢中で全然気づかなかったけど安堵したらものすごく痛い。

「わああ!?」

 驚き、離れようとする冬歌を強い力で捕まえ、ちゅっ、ちゅっと何度かそうする。すると、ゆっくりとだが、傷が消えてゆく。
 癒しの力……。
 すごいものだ。なんというか、うん。ゲームみたいだ。

「血は今、なめとりますから」

 体に這う、小さな唇の感覚に、冬歌は今度こそ離れる。

「い、いいからー!!」
「そうですか。……あ、言われる前にいいますが、ここにいるのは冬歌が葉脈だけはちゃんと持っていったからです」
「だけは!」
「強調しなくていいです。……自分のことでしょう。まったく。ともかく、あれがあれば何かがあったときは飛べますが、いつでも助けられるというわけではありませんからね。そこだけは覚えて置いてください」
「ともかく、ありがと。……ジュ、ジュースくらいならおごるわっ」
「……無理しなくても。そうですね。イチゴオレ、買ってもらいましょうか」

 てなわけで、コンビニによって百円のパックのイチゴオレを買って帰った。
 結局、私は何も出来なかった。できたことは家具やもろもろが壊れるのを見守っていた(?)ことと逃げ回ったこと。
 ……どちらも最悪だ。
 
 閉めきった部屋でぼんやりとベットに座る。
 家中逃げ回って、駆け回って。情けなく覚悟なんてしちゃって。
 おいおい冬歌ァ。お前立派な当主になるって、誓ったじゃないか。何覚悟なんてしてんだよ。
 ……してんだよ。

 冬歌は自分の手のひらを開いて眺める。
 何も、つかめない手だ。だ、が。

「くっくっくっ。そうやってションボリしてるなんて思った〜ら大間違い! 私、冬歌、やりました!」

 そういって、冬歌は冬歌のベッドの上に我が物顔で寝転がる奴に目を向けた……。




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