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*陰みょる者的日々*
その九





 閉め切られた部屋の空気は淀み、埃が舞うのが見える。
 がちゃがちゃと大きな音が部屋中に響く。
 促す声。

 それに答え、私は窓を開けた。
 淀みを払う清い風が気持ちいい。

「うー、いい空気。生き返るー」
「ユッキー。ここ別に空気おいしくないでしょ。山じゃないし」
「いやいや。閉め切った教室とは大違い」

 窓の外、遠くを眺める私と赤坂の二人。
 教室に、強い風が吹きこみ、髪が風にふわりと流れる。
 その髪をそっと赤坂は受け止めると……顔を、というか鼻を近づけ、クンクンと嗅いだ。

「なあっ!?」
「いい匂い。というか、ユッキーは全部いい匂いだよねえ」
「な……っ!!」

 ぐぐっと血が上り、顔が真っ赤になるのが感じられる。
 しかも、後ろでひそひそと、『白月はいい匂いなんだって』とか話してるアホ達も真っ赤にさせる要因のひとつかもしれない。

「あ、アホー!」
「やだなあ。褒めてるのよーん?」
「うっさいっ」

 私は赤坂に軽くチョップをかます。
『こらー、二人とも掃除手伝え〜』との同じ班の声に、私たちはほうきを取りに行った。掃除再開。

「赤坂! 白月さんをからかうなよ」
「ほほう。サッカー部の達也さん。それはあれですか。スポーツ特有のチームを大事に、ですか? それとも、私と同じようにユッキーラブ?」

 掃除を始めて、少々。サッカー部の立川君に呼ばれ、赤坂がすすーっと近づいてゆく。
 声が小さく、何を話しているんだかわからないけど、なんだか立川君が赤くなっている。
 モーションでもかけたのだろうか。

 まあ、赤坂ならありえるかもしれないような気もしないでもないけど、あれは案外ドラマチックなシーンが好きだからなあ。ベタでもなんでも。
 変なのに囲まれて、それを倒す男とかいうのに憧れてるとか前言っていたし。ベタだ。

「真面目そうだからなあ」

 まったく、こっちは掃除をしているというのに。明るい、青い春という……つまり青春を味わいおってからに。ずっこいぞ。
 さっきまで、ちょいとサボリ気味だった自分をさておいて文句を呟く。
 やつらはそんな呟きを見逃してくれなかった。

「だよねー。まったく、赤坂ぽんめっ! 冬歌ちゃんがいるというのに、我らがアイドル、たっちーにまで手を伸ばすなんてー!」
「ホントだよ! 鎖付けといてよ、冬歌!」
「私は赤坂のものじゃないっつーに」

 同じ班の女子二人はそう言った。何、たっちーって。
 こちらのスピードにかまわず、常にトップスピードな彼女たち。
 少々ついていけないといつも感じている。もしかしてこれが若さですか?

「立川達也(たちかわ たつや)。だからたっちー。勉強もできるしー、サッカー部でも、才能あるって言われて今や二年のトップなんだって」
「他みたく、マッチョじゃないのもいいよね」
「それに、お尻とか小さくて、きゅっとしてるし。お腹も引き締まってるしー」

 あんたはオヤジか。お尻って……。まあ、いいけどさ。
 でも、そういう風に言われると気になったりしちゃって。ちらりと立川君に視線を向け、その視線はだんだんと下がり……お尻へ。

「はあ。そーなの。知らなかった」
「……見たね?」
「どっ、どこを?」
「お・し・り。熱い視線でしたわ〜ん」
 
 からかわれた。しかし見ちゃったのも事実だったわけで。再び真っ赤になった私にひとりが抱きつく。
 私ってなんだか抱きつかれやすいなあ。

「それはさておき、冬歌ちゃん知らなすぎー」
「ま、冬歌はね。冬歌、頭いいし、スマートだし。さらにいうといい匂いだし。なんていうか、フルーティ?」
「知らんっつーの」

 そう、心温まる? クラスメイトとの会話をしながら掃除をする。
 まったく、どーしてみんな顔やら髪やらスタイルやらをほめるくせに、胸には触れんのだ。

 くそう。やはり、胸は大きくないとだめなのかっ!?
 密かな悩みに周りはもちろん気づかなかった。
 ……いや、気づいていて、それでほっとくという行為を選んでくれているのなら、その友情に胸に穴開きそうですが。

 なぜ、小ぶりクラスでんなに悩まなきゃあかんのでしょうか。

「赤坂、頼むな」
「ま、いいよ」

 そう言ってようやく立川君は掃除を再開し、けれど赤坂は掃除を再開するのではなく、こちらに近づいてきた。
 なんだろう?

「ユッキー」
「あんたも掃除しなさいって」
「ぐお。まあいいや」

 いいのか。しかし、良いというのなら良いのだろう。
 そうして、みんなは世間話に花を咲かせながらもしっかりと掃除をした。



「冬歌ちゃん〜。バイバイ〜」
「また明日ー! 冬歌ぁ〜」
「はいはい、じゃーね〜」

 友人たちに別れを告げ、冬歌も帰ろうと教科書やら何やらをカバンに閉まっておく。
 掃除の前に入れておくんだった。

 普通は、ホームルームが終わると同時に、カバンに教科書やらを詰め込んで、掃除の人たちが掃除を始めるんだけど。
 そうでないと、机を運んだときに、教科書が落ちたりするからだ。

 はて、なぜ今日はしまっていなかったのだろうか。
 どーでもいいことを悩みつつ、のろのろと教科書やノートをしまう。

 (今日は、ビーフシチューに決定だなあ)

 学生の癖に朝昼晩料理を作っているのかっ! と料理していることを教えると言われるのだが、それほど苦労はしていない。

 金銭の苦労はしているけれど、買い物だけは清春の式神に頼んでいるからだ。
 買い物担当の式神、椿は清春の見目のいい式神の中でも、見た目の年が一番上で、二十三か四くらいに見える。

 控えめ美人かつ若奥様な見た目の女性で、おまけにおだて上手なので、おっどろくほどに安く食材を仕入れてくる、商店街のアイドルだ。

 彼女と話すと、その日は幸せになれるんだ……というのが肉屋さん談。

「お得よね……」
「何が?」

 いつの間にいたのだろうか? 私の顔を赤坂は覗き込むように見つめる。

「や、こっちの話だから……。な、何か用? 赤坂」
「あ、うん」

 赤坂の顔は、今までに見ないほどに真剣みを持ち、その空気に気圧されて、イスに座りながらも後ろに下がる。
 がとり。
 何でなのかわからないが、音が大きく聞こえた。

「放課後……今だけど、十分後、体育館裏に来てほしい。……お願いね」

 そういって、さっとどこかへ行ってしまう。いつもと違うその態度に、戸惑い、声をかけることができなかった。
 一方的な言葉。

「しかも、体育館裏か」

 あまりにも嫌なイメージの付きまとう場所だなあと思う。吊るし上げではないと思うけど。加藤がそう言ったならまだ『そうか。ついにこの日が来たか』と思うところだけど。
 だって、ほら、才色兼備だから。

「……む。言ってて寂しいし。しかし、十分ってどうやって時間潰せばいいのかなあ……」

 仕方ないので、カバンを枕にしつつ教室に一人残ってた。
 ……寂しい、十分であった。




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