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*陰みょる者的日々* その十二 |
目の前には私が想像できないようなひどい情景があった。 雨が降っているというのに、何故か浮かれていた気分も急にしぼむのを感じる。 ありえないはずのあるがあった。 しかし、その存在は拒絶を許さず、心に響く鳴き声をあげ、自身の存在を表している。到底声をかけずに通り過ぎることなどできないだろう。 「なに、してるの?」 「……いや、それは俺のセリフでもあると思うんだが」 「百歩譲ってそうだとして……で、何してるの?」 「猫、抱いてる」 確かに彼の服の隙間からは小さく、そして幼く黒の猫が抱かれていた。 雨の中、傘をささずにいる彼は全身、濡れていないところはなくて……服の中に猫を抱いていた。 「……風邪、引いちゃうよ?」 身動きせずに、ただただ大空は雨に打たれ続けていた。 いや、私もだけど。ゴンザレスもだけど。 彼は名のとおりに空が好きなのか、雨の降る空を見上げ続けていた。目だけをこちらに向ける。 「俺、馬鹿だと思うか?」 「……まあ、馬鹿なんじゃない? 私もだけど」 「……じゃあ、風邪は引かないじゃないかな」 「あれって、『人は誰しも長所あるよね〜。頭よくないなら体丈夫だよね〜? じゃあ風邪なんか引かないよね〜?』ってことじゃないの?」 「ああ、馬鹿仲間。風邪はお互いひかなそうだな」 「な、仲間にしないでよ」 私は公園の端に生えていた木下へ移動し、大空を手招きする。意外と素直に彼はそれに従い、木下に二人と二匹の雨宿りタイムが始まった。何を話そうか。そんなことをお互いが考え合って、黙る。 雨音だけが響く。ざあ、ざあと。 「……ねえ、猫大丈夫?」 「わりと大丈夫だ」 大空はぱんぱんと手で衣服をたたき、軽く水を払った後、こちらに猫を渡した。 猫は、想像以上に元気だった。 てっきりどこぞのわんこのように体を濡らし鳴き声も弱弱しく、衰弱がひど……なんて感じかと思ったのだが。 実際のところ、これ以上はないと言うくらいに元気かつ、体もふわふわでとても暖かそうで〜……って、あれ? 「なんで、濡れてないの?」 おかしいではないか。 え、だって、大空君は全身ずぶぬれで、雨を防ごうって気がないような無防備さで空を見上げてて。 結構長時間見てたっぽいのに。どうして、猫は濡れていないのだろうか。 「術をちょっとね」 「じゅ、術?」 それを聞くと大空君は不思議そうな顔をする。 「白月は使わないのか? 術。白月は、退魔の名家だろう。そのくらい、やれるんじゃないか?」 「……私は、私は、出来損ないだから」 大空の言葉が胸に突き刺さる。 退魔の、名家。 名にふさわしく、期待に答える望まれた存在。 私は、蚊帳の外。私は何も知らない。 知識も、能力も、術も知らない。 そんな様子を気遣ってくれたのだろうか? 大空君は素っ気なく慰めの言葉をかけた。 「……まあ、別に退魔の術なんて、日常にそこまで役に立つものじゃない」 そうは言いつつも、あなたはそれを行使し、猫を守った。 清春は魔を払い、人を守ってる。 白月の家は代々、闇を払ってきた。 ……私は、何ができた? そう、私は何もない。人から見れば何かあるのかもしれないけれど、私の目には私が映らない。 「……でも、使いたいよ」 「白月……冬歌って呼んでいいか?」 「あ、うん」 突然の言葉であったが、別に動揺するものでもなかった。 ……漫画とかドラマとかだとこういうとき、どきどきするものなんだろうなと思いつつ。 でも、それは私だけが悪いんじゃ無くて、そっけなさ過ぎる大空君も悪いと思う。 まあ、そんな気が無いんだからだろうけど。 「……冬歌は、退魔の姿を知っているのに、力がほしいって思うんだな」 「……え?」 「霊力が高くとも、それを使いこなせるのはほんの一握りだ。あとは大抵が逆に敵のいい獲物として映る。 霊症や呪い。脅威にさらされ続ける人間は多い。それに……」 大空はふて腐れ、冬歌にお尻をむけて眠るゴンザレスを指差し、 「第一、そこの犬は冬歌のだろう? それだけできれば一般人としては十分な術だろ」 今までに、幾度と無く周りから聴かされた言葉にかっとなる。心が沸騰するように燃えたぎり、気づけば私は喚くそうに言った。 「私はっ! 白月の当主なのっ。一般人ではいられないっ」 けれど、そんな私とは対照的に彼は落ち着いていた。 静かだが、耳にすんなりと入る声で説き伏せるように言う。 「当主、ね。その白月の家ですら今はなくなったんだ。力がないならないで良いと思うけどな」 「あるから困るのよっ! 無ければいつかあきらめれたかもしれない。 でも、がんばって、がんばって……この子、呼べるようになって。 そして、私の中には膨大な力があるって言われた。自身の身を滅ぼしかねないほどの力だと。 でも。 あきらめられる? 無理。無理。無理。 私は、あきらめないよ」 「そうか……」 彼はそういい、黙り込む。私も言葉を続けず黙り込む。 その場に言葉は無く、雨の降る音と、雨が葉を打つ音だけが響いてた。 けれど、その何もなさと、先ほどの自分の言葉に悩みつつも声を出す。 「あ〜……」 何やってるんだか。私、何やってるんだか。……八つ当たりもいいとこじゃないか。 「なんだか、変なこと話しちゃったね。ほら、普通の友達にはこんなこと話せないし、弟にも。……同じ退魔士だからかなぁ? なんだか色々しゃべっちゃった……。な、内緒ね。あはは……」 けれど、大空はそれに微笑や怒りなどと言った割合予想されるものでなく、極めてまじめな顔で冬歌を見つめた。 「いや……。冬歌にある力、使えるようになりたいか?」 「え……?」 ……静寂。 そして、雨音だけが響き渡った。 |
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