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*陰みょる者的日々*
その十四





「……ありませんね」
「? 何やってるのよ」
 
 それは唐突な訪れだった。突然にドアが開き、突然に柊が入ってきた。
 夕玉にとって、柊は格上の相手だ。少々緊張する。彼女やその主はバカ冬歌を尊重しているのだかなんだか知らないが、部屋には勝手に入らない。
 となれば自然と彼女たちと冬歌抜きで話すことはなく、ゆえに少し戸惑いがある。
 格の違いのせいだ。
 刻まれた時の長さが違いすぎるし、術者の力の差も大きすぎる。

 だもんで、口が悪いけれどもこれでも敬意を表しているつもりだ。
 そうでなければ、一応のテリトリーである部屋に入ったのだから、怒鳴るなり、罵倒するなりしていただろう。
 そう、冬歌の机の上に飾られている夕玉は思った。

「……服をちょっと。やはり、ですね。リップも少しだけ減っているし……冬歌なのに……」

 そうぶつぶつと呟くと部屋を出てゆく。
 
 変な感じよね。相変わらず。

 夕玉のその身は常に人とともに合った。
 人形として持ち主であった少女と共に在ったのだ。
 であるからにして、その持ち主と見かけのとはいえ年遠くなく、そして低く見える柊が現、名目上主の冬歌の世話をしたりなんなりしていのが信じられない。

 母親のようにあれこれと世話し、時折慈しむような瞳で冬歌を見つめる柊に彼女は何も感じないのだろうか。変だと思う。

「何が起こったのかしら?」
 
 わからない事態に次第に胸がむかむかとしてきた。
 なんなのだろう。このむかつきは。
 その感情は疎外感という名ではあったけれど、まだ生まれたての夕玉にはわからない。

 そのむかつきを解消しようと、したいと思う。
 しかし、冬歌の力の供給がない以上、人形の夕玉には移動が容易ではなかった。

 念の力で物を動かす力。
 それを行使して、机を揺らす。
 がたがた。
 机が揺れ、紙相撲の力士のように小さく小さく動いてゆき、机から落下する。

 人形としての安さか、はたまた妖しとしての力か。どうやら怪我はないようだ。大きく口を開け、のんびりと欠伸をする犬に渾身の力でもって飛び乗る。

「さあ。私を居間へ運びなさい」

 しかし、憎いことに犬は鼻で笑う。立ち上がりもしなかった。
 怒りは瞬間に頂点へ。沸点が低いのだ。
 おかげなのか力が体にあふれ、犬を痛めつけてやることができた。
 ふん。少々先にあのばか冬歌の式神になったからってなめんじゃないわよ。

「……清春様。冬歌はどこへ行きました?」
「友達と遊びに行くって行ってたけど? それが?」
「何をのんきな……」

 そんな会話が聞こえてきた。居間では清春がコーヒーを片手に新聞を読みふけっているところだった。肩を式に揉まれてもいたけれど。
 他者を認めるのが嫌いな私であるけれど、彼に関しては認める以外のものを持たない。知る中で最高の能力者であり、その漂う霊気からして美しい。
 
 見た目だってなんだってどうしようもないほどだ。あの子が昔騒いでいたアイドルなんて根菜に思えるほどに……そう、寒気がするほどに、美しい。

 もちろん、妖としての性質による評価のプラスが大いにあってのだろう。
 しかし、それを抜いたところで誰も彼もが彼に高評価を与えるであろうし、なにより、あの完成度と錬度はなんだろうか。もう芸術としか表現できない。
 なのに、たった一人の女を愛しているのだ。

 ラブロマンスだ。しかも、当の本人はたらしだ、とか思ってるのであるし。
 実際のところ、式は奴隷に近い。術者のために生き、術者のために死ぬ。間にあるには契約であり、力だ。心など存在しない。
 
 なのに、彼と式の間にはそれが存在する。愛を持って接し、用なきときは自由にさせる。式もまた主を好いているから自然と周りの世話もしてるし、家事なんかもやっていた。

 ……家事をやる高位精霊を見ると気分がやるせないのは今も変わらずではあるが、清春の大きさを感じる。
 そうすると逆に自分の宿敵冬歌の情けなさに胸が重くなる。
 帰ってきたら八つ当たりだ。

「のんきって? 何かがあったのか?」
「まあ、あったといえば。もしかしたら冬歌はデートへ行ったのかもしれませんね」
「デートっ!? 女の子とっ!?」
「いや、男でしょう」
「男っ!?」

 そのあわてようと言ったらなかった。あまりにあわてるものだから、式神の女の足に引っかかって転んだりとか、あわあわしだしたりとか。
 ……ここまで変わるのも面白い。

「ああ、ああ。冬ねいがっ! 蝶よ花よと大切に育ててきた冬ねいがっ!」
「……はぁ。まったく……。場所は多分、フロッグパークですね。最近人気の癒し系テーマパークです」
「……追うっ」

 ものすごい速さで準備を整える式神たち。ハンカチ、ちり紙、犬、人形。
 それらをカバンに詰めて、清春は走り出した。

 ……なぜに私はカバンの中に詰め込まれているのだろうか。解せない。
 その後を柊がとたとたと追う。
 カバンが揺れて痛かった。
 と言うより、なぜ私までカバンの中に詰められているのだ。

 やはり、このお返しは冬歌にしなければならないようだ。
 待っているがいい……!

 そういうわけで、今一行はケロッグパークにいた。
 ざわめきと園内を満たす快の波動が体を包む。この小さな世界には濃厚な幸せに満ちていた。人形だから、こんな場所があるなんて知らなかった。

 いい場所だ。
 けれども夕玉と犬をバッグに背負う二人は少々焦っているようであった。柊の方は相変わらずに表情が読めなかったけれど。

「いない、な。波動でわかると思ったのに」
「相手ももしかしたら相手も術者なのかもしれませんね」
「術者……転校生? くそっ。冬ねいには手を出すなって二つの意味で言っていたのにっ!」
「……はぁ。仕方ありませんね。とりあえず別行動しましょう。そのほうが早いはずです」

 そんなわけで私、夕玉は柊のカバンの隙間から外をぼうっと眺めながら何するでもなくただじっとしていた……。




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