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*陰みょる者的日々*
その十七




 全身を射抜くような鋭い気配。
 引き抜かれた刃のような視線。体が震えだすほどの、力。
 
 異質な力を体に受け、辺りを見回す。違う。ここではない。もっと、もっと遠く。

「どうしたの?」
「……すみません。ここで別れましょう」

 引き止める声にもかまわず、走り出す。感じろ。あの感覚を追え。そこに、何かがある。
 
「冬ねい……一体……」
 
 力の正体は不明だ。大空のものかもしれないし、そうでないもののものかもしれない。しかし、危険だ。
 走りながら自身の体をチェックする。外傷や、内側にも何もない。
 つまりあれは……見られただけだ。力の目で見るだけでこれほどならば、害する気がなくても人を害してしまうだろう。
 大空、なのか? あの、学校でであった二流の能力者。いや、そうであるまい。
 そうではないのなら……。

 冬歌の、力だ。

 力を持ってしまったのだろうか。目覚めてしまったのだろうか。もっとも接してほしくない、闇の世界を彼女も感じられるようになってしまったのか?
 退魔になぞ、関わってほしくないのに。あんなもの、見てほしくないのに。

「きよらかす さゆらかす かみのみいぶき……入式神見幻夢」
 
 すばやく九字をきる。式より何百羽もの黒き使役……カラスが出現し、散開する。
 突然のカラスの出現に周囲はわめきと悲鳴に瞬間満ちるが、それを無視し、走る。
 いまさら、もう気にする必要はあるまい。


◆◆◇◆◆


「この感覚は……」
 
 リュックに夕玉を入れたまま、園内を走り続けていた柊は今、パークの係りのお姉さんに捕まっていた。

「えーと、で、名前は何ちゃんかな? 今日は誰と来たの?」
「……迷子ではありません」
「うん、そうね。で、何ちゃん」
「ひ、柊です。というか、違います。迷子ではありません」
「うん、そうね。でも迷子はみんなそう言うのよ。大丈夫。恥ずかしいことじゃないから。ね? ……で、今日は誰と来たの?」

 がっしりと逃げないように手を掴まれていた。こちらを信じないばかりか答えるまで同じ質問を繰り返す目の前の女性。にこにこと笑っているのが恐ろしい。
 強敵だ。
 柊は精霊だ。見た目は人であろうとも。ゆえに、外見は中学生のそれであるけれど、学校に入っていない。だから外をふらふらしているとこういう風に声をかけられることがある。
 警察とか。学校はどうしたの? って。でもこれはあんまりではないだろうか。

「……冬歌はナンパに声をかけられるだけなのに……どうして私はこうなんでしょうか……」
「何か言った?」
「いえ……」
「そう。で、今日は誰と来たの?」

 大きく、ため息をついた。

 その後、十分ほどをかけ、誠心誠意説得に努めた。今日は高校生の兄と来たこと。慌てていたのときょろきょろしていたのは大切な帽子を失くしてしまったからだと。
 帽子はさっき電話したら、兄がリュックに入れていたらしくて、無事だったということ。
 今あせっているのは迷子だからじゃなくて……おなかが痛いということ。

 ……乙女的にはダメージだった。
 が、無事……多少怪しんでいたようだが開放され……まあ、トイレまで行くことになってしまったが開放され、柊は走り出した。

「夕玉。あなたの主の居場所はつかめますか?」
「あんなの主人じゃないわ……まあ、なんとなく今ならわかるわね。あっちよ」

 かばんから夕玉を取り出し、胸に抱いて走る。示す先に会ったのはきらりと光る大きな屋敷。名前は【ケロケロロミラーハウス】
 柊は近くに植えられた木に手を触れ、話しかける。

「柊です。ケロケロロミラーハウスが怪しいので中に入ります……伝言、お願いします」
 
 ぺこりと樹木に頭を下げる。木々は言葉の伝達が早い。主が木に近づけば伝言を知ることができるはずだ。
 柊はミラーハウスへと入った。


 がこっ。進む場所だと思った先が鏡で柊は頭をぶつける。

「……大丈夫なのかしら?」
「大丈夫です。痛いですけど。……それよりここは変ですね。うまく進めません」
「ミラーハウスなのだから当然でしょう?」

 ぺたりぺたりと指でガラスに触れる。それ自体、あまり褒められたことではないが異常な行動ではないだろう。だが……

「なにやっているの? 早く行かねばならないのではないのかしら?」
「……指紋がつかない」

 一歩、二歩。後ろに下がり、すばやく踏み込んでガラスを殴る。力ある式神の一撃。けれどガラスにはヒビ一つ入らなかった。

「これは……」
「結界、ですね。物理的にだいぶ硬いですよ。爆弾くらいなら耐えれるかもしれません。つまりビンゴ、ですね。ここに何か、または何者かがいます」

 目をつぶり、耳を澄ましても音は聞こえない。比較的客が少ないとは言うものの、いないわけではない。本来ならば、この館の内には何人もの人間がいるはずだ。
 柊の集中させた聴力をもってしても捕らえられないと言うことは、完全な防音か、ずれか何かがあってここには他に人がいないということだ。

「広がれ。ひいらぐ私の体よ」

 柊は目をつぶったまま、拳をぎゅっと握る。その小さく、白い手のひらが下に向けて開かれる。二、三の紫色のブルーベリーのような小さな実が床に落ち、急激な勢いで成長し、床に広がってゆく。上でなく、横への猛スピードの成長。

「何よ! これ」
「実態ではないありません。霊的なものです。……冬歌が、あちらにいますね」


 柊が目を開けると床の植物は元から存在しなかったようにかき消える。先ほどのようにはぶつからずに、走り出す柊。道を初めから知るように、鏡がどこにあるかをわかっているように駆ける彼女を夕玉が感心して見ていた。

「さすがに、力のある精霊は違うわね」
「あなたもいつか強くなれますよ」

 鏡が張り巡らされた部屋を抜け、今度は正しく出なく、ゆがんでその姿を映す鏡の部屋に着く。
 太ったり痩せたり長く見えたりする鏡を見て眉をひそめる夕玉。

「……なんとなくあの鏡じゃないかしら。割れ目は」
「私もそう思います」

 二人は頷きあい、柊は夕玉と共にためらうことなく鏡に飛び込んだ。



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