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*陰みょる者的日々* その二十 |
「清春の声」 「ですね」 はっ、はっと短く、小さく息をしながら走る。 鏡に囲まれたそこは走ると幾度も鏡に当たるが急いでるのだから仕方がない。 そうやって走っていると上から男二人の声が聞こえだした。清春と大空だ。 アナウンスのように響く彼らの会話。 そして、私はおおよその真実を知った。 「さて、どう思う? 君の弟のいじらしい献身は、すべてが前当主によるものだったわけだ。君を愛してくれる家族なんて存在しなかった。だって、彼は呪に縛られているだけなのだから。……さて、どう思う?」 「冬歌っ! 無視しなさいっ!」 何故か室内に響く清春と大空の声。そしてなのにここにもまた存在する大空。鏡にぶつかることのない彼はちょっとした早足程度の速度なのに全力で走っている私たちにつかず離れずと言った感じだった。 確実にわざとである。 「……なぜ、無視せしなきゃいけないの? 柊……」 「敵が来てるのよ? 構ってる暇はないでしょう? バカ冬歌」 「夕玉は黙っててっ!」 「なによ……。ふん」 鼻息荒く私の悪口を二、三喚き彼女は静かにカバンにもぐりこむ。けれどそこからはひしひしと怒気を感じた。感情が素直にオーラになるあたりわかりやすいというかなんというか。 「……冬歌、確かに彼の言うとおり、清春様には呪が掛かっています。ですが、それはあくまでも小さなきっかけ。前当主が死に、清春様の力がそれをうわまっている以上、たいした力を持ちません。ですから、思いは本物であり、偽り無いものです」 「嘘ついてない?」 「ありませんよ。第一」 今まで私や清春などの親しいものにしかわからない小さな変化ではなく、その見た目にあった普通の女の子のように(と言うほどにはではなかったが今迄から比べれば格段の笑顔で)柊は笑い、 「じゃなきゃ冬歌は無事でないですよ。 白月は当主と鬼混ざりの人間の子を次の当主とするんですから。最高の魂を持つ冬歌にあてがわられるのは……。しかも一つ屋根の下ですから。好きな相手と同じ家なのは男はいろいろ大変らしいですよ。……さて」 柊は立ち止まり、振り返る。 「呪樹よ。世界を封鎖し閉じ込めよ。終わりなき痛みの城を築け。……自戒せよ」 両手を組み、その手を顔に当て、柊は祈るようにして唱える。すると何かの植物が辺りを覆った。どこか禍々しい感じを受ける。 「触らないでくださいね。魂を侵す毒を持ちますから。まあ、一種の結界です。このアトラクション内の結界を糧に生えるようにしましたから消えない限り有効です。足止めになるとよいのですが……。急ぎましょう。できるだけ果てに近いところでアトラクションの結界を壊します」 結界とはすなわち今この場の力。 なるほど、どおりで妙に長いと思った。これだけ走っているんだし、もっと早くこのアトラクションを抜けていいはずなのに。 基本的に、私は退魔の方法やらなにやらの知識は大して無い。基礎だけだ。最近流行の陰陽師とかエクソシストモノの映画とかはいっさい見ないし、魔術とかよく知らない。 なんでも偽りが心を、知識を濁らせるらしい。 わかりやすく言うと素人は空手なら空手、剣道なら剣道一本でまずは基礎を作れ、ということらしい。 退魔もエクソシストも基本は同じ。 人のうちにある力でもって魔を払う。同じならば満遍なく学ぶよりひとつに特化せよ、ということらしい。 というか、別のでもいいけど、漫画とか偽者の知識は入れるなって言われている。まあ、素人は移ろいやすいから。 それになによりこの業界は“信じる”ことによる力が大きい。 ちょっと違うかもしれないが、一神教と多神教の信者みたいな。もっとわかりやすく言うなら遭難時、二人っきりと十人くらいのとき、どちらがより強く一人を信じられるか、みたいな。これだけっ! ってほうが集中しやすい。 まあ、そんな今だから柊がどうやってあの結界とやらを作ったのかとか、どうやって結界を破るのか、なんてのはわからないけれど、いつかきっと、と思う。 それ以前に……力を得られると思っていたのにという失望が今は大きいけれど。 「たぶん時間が稼げたでしょう。さて、ここで冬歌には選択をしてもらわねばなりません」 「……選択?」 「はい。このままあいつと戦うか、全力で結界を破るか……冬歌、あなたの壁を破るかです」 壁を破るという意味がよくわからなかった。 「破るって……」 「今、実は絶体絶命なんですよ。 ここの結界は全力でも破れなさそうですし、かといって、清春様も苦戦しています。それにここの結界のせいで私の力の補充ができません。普段は清春様からの力や周囲から得ていますが、今はそれが不可能な上にいろいろと力を使ってしまっていますから。正直、柄になく焦っていますよ。 さあ、どうしますか? 望みの薄い結界破りをするか、無謀に戦いを挑むか、命を賭してあなたの壁を破るか。 もし失敗してもこの結界と私の結界で威力は抑えられるでしょうから、死人は私達だけで済みそうですし、最後のをお勧めしますが」 「う、なんとなく選択肢ないじゃん」 柊はいつも通りの冷静、無表情な顔でこういう。本人いわくでは焦っているのだけど。 「そうですね」 そうですねって言われてもなぁと。 目を閉じ、開く。走っていたことにより切れ始めていた息を静かに整える。 会話こそしていないようだが、清春の声は聞こえ続けている。 弟が傷つけられている。 余裕なくつぶやく声。呻き。すべてが聞いたことのないものだった。平時の清春を思い出す。助けたい。いつも助けられてばっかりいる。だからこそ、今、清春を助けたい。 「……やるよ。壁を破る。何が起こるかはわからないけれど、大切な……家族を守る為に!」 「……家族ですか。報われない……。まあいいです。では、やりますよ」 柊の小さな手のひらが腹部に当てられる。なんだろう。そう思った瞬間に、熱く激しい衝撃が体に走る。吹き飛んでしまうんじゃないかって位の衝撃。 助けを求め、柊のほうを向く。 薄っすらとその体が透けていた。 「ひいら……ぎぃ……」 「大丈夫ですよ。あなたが力に目覚めて、ここを壊してくれれば。それより、これからです。堪えて下さいね」 まとまった思考の効かない中、これから、と言う単語にぞくりと体を震わせる。 「あ」 体のうちから溢れすぎるような嘔吐感。けれど吐き出されるものはない。一瞬収まったかと安堵した瞬間に今度は体の内側に何か生き物がいて、食い破ろうとしているようなでたらめな痛みに襲われる。それが急に止まり、ごほごほと咳き込んだ。息と共に吐き出される液体が手を濡らす。吐いてしまったか……。そう思って視線を下げると液体は赤く鈍く光っている。 ち……ー。ぼんやりと考えていると再び痛みが体を襲い始める。 痛い。痛い。誰かた――…… 今、何を考えた? 家が力を失くし、そのときにようやっと大切さに気づき、けれど自身には力がないとしり。でもあきらめ切れなかったのは誰か。 苦しみながらも歩いてきたのは誰か。 助けながらであっても、普通の少女として生きなかったのは自分の意思だ。 今までは自分の力でなんともならなかった。 チャンスは掴み取ったのではなく与えられた、のようなものだけれど、自分で掴めるのだ。今は。 なのにまだ与えてもらおうと思うのか。 助けを請いてしまうのか。 「……私は、白月。あまたに星輝く夜の中でも眩く、だか優しく光る白き月」 そうとも。痛みなど超えてゆけ。これを超えてしまえば欲しくて仕方がなかったものに出会えるのだから。空に輝く月をほしいほしいと願っていた昔と違って、今はその月になれるのだから。 立ち上がれ。座り込むな。 生まれたての小鹿のように足をがくがくとさせながらも私は立ち上がる。座っていたほうが楽であったし、立つことに益はないけれど。 「月は天に輝くのだから」 そうとも、月は天に輝くのだから。 |
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