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*陰みょる者的日々*
その二十一




 薄れてゆく体。今の柊は足がなく、古風な幽霊のような姿だった。

「力が……」

 主を離れ、空間を遮断され、しかもその力のすべてを冬歌にぶつけた柊にはもう力は残っていなかった。このまま消えてしまえば柊と言う存在は消えてしまうだろう。
(けれど)
 やらねばならない、いや、出来ることがこの身にあるのなら、彼と、彼の大切な冬歌のためならば……消え去ることも厭いはしないだろう。
 呻きを上げる冬歌の頭をそっと撫で、大空のいるほうへと向かう。体に力が入らず、進みは遅い。結界は破られたか。
 本体ではないようなのにこの力。例え冬歌が力に目覚めたとしても劣勢に変わりがないような気がしてならない。

「まったく。最後まで世話をかけさせますね」
「それは覚悟が決まったと言う意味か?」
「永遠に来ない最後を嘆いてるんです」

 出会い頭の波動を身をそらし、柊はよける。けれどそれは予想の範疇だったようで、逆にその隙に大空は柊の下へと詰め寄ってきた。
 力を込め、殴りつけようとするも足をなくした柊には瞬発力がなく、簡単にそらされてしまった。
 腕を掴まれる。
 流れてくる魔力が体をしびれさせ、こちらの力を封じてゆく。

「くっ……!」
「冬歌は、この先か。自分の主でもないのにがんばるのだな。だがわかっただろう。お前では無力だ。同じものとし――」

 柊は掴まれていなかった左手で大空の横腹を刺した。手に持った果物ナイフには確かに感触はするのに、血が流れてこない。
 そして、言葉は中断されたが彼の表情は……変わらず柊を見ているのだった。

「式神は物理的な攻撃では死なない。俺もまた、同じように死ぬことはない。この国を守る鬼神を殺すことなど、できはしない」
「守るものがっ! 人を切り捨てるのですかっ。私は嫌です。大切なものを失うことが怖いです。怖い。だから、奪うことは許さない。――鬼神、殺して見せましょう。守るためなら、それが出来るはずです」

 確かに、ナイフは傷を生み出さなかった。けれど、刃は体のうちへと届いている。柊は自分の命すべてを、燃え尽きて、そのカスもまた敵を焼き尽くせとばかりに力を込め……

「無理だ……縛っ!」

 霊力が網となって体の力を押さえ込む。

「あなたなんかにっ」
「そうとも。俺なんかだ。だが俺が守るのは国。人ではない。……精霊。命は奪わない。災いの元凶が消えうせるところを見るがいい」
「待ち、なさい……」

 しかし、柊の声は鬼には届かない。網に捕らわれ、動く術を完全になくした柊には彼を止める手段が声しか残されていなかったと言うのに。
 柊は叫び続け――大空は冬歌のいた方へと歩いていった……。

◆◆◇◆◆


「冬歌。この世界の平穏の礎となり……消えよ」

 呻き、力を受け入れようと苦悶の表情を浮かべる冬歌へナイフを振りかざす。死によって彼女の内にある力が暴走しようとも、この結界が守りきるはずだ。
 鬼神としてでなく、人として過ごした少しの間は楽しいといえるときだったぞ。

「まっぬけ!」

 胴体に差し込まれるはずだったナイフは床に刺さり、弾かれる。体をそらし、刃から逃れた彼女は暇をおかずにこちらへと蹴りを放った。顔を衝撃が襲い、体全体が飛ばされそうなだ。ふりだったか。
 見やると白月 冬歌はすでに立ち上がり、こちらへの攻撃の構えを取っていた。
 縦に四列、次に横にと九字を切られる。

「臨、兵、闘、者、皆、陳、列、在、前」
「くっ! 清明桔梗印 急々如律令 不成就也! バン、ウン、タラク、キリク、アク!」

 身に着けていたセーマンが壊れる。粗雑であり、あまりにも膨大な力が襲い掛かり、保険にと身につけていたセーマンを用意た術さえも弾く。
 五芒星の守りは砕け、星を描いていない。
 終わりの一撃をもらう前に結界を解き、この体を本体へと戻す。
 これが、白月の血と魂か。だが逃しはしない。彼女の力は莫大だが、それでも腕は未熟だ。再び、そして今まで以上の結界を張ってから力のすべてを本体に返した。

◆◆◇◆◆


「見よう見まねでも効果あるもんだねー。本物はすごいねー」
 
 耐えられたのはここまでだった。

「あははははははははっ! やった!! 手に入れた! ホント!? マジに? これは夢じゃないのでしょうか! うわはー!」

 ああダメだ。どうしても顔が、顔が緩々になってしまう。笑顔満開で普通の顔にならない! 嬉しすぎるよっ! 何だあの開放感はー。
 だめだ。興奮しすぎちゃう。だってあれだよ? 柊が苦労しちゃう大空をあいてに、だよ。撃退かましちゃったよ?

 うわはー。もうだめだー。嬉しすぎて床を転がっちゃうよっ!

「……冬歌ー」
「ふぁいいいい!?」

 浮かれすぎていたときの不意打ちにびくりとし、背筋を伸ばして立ち上がってしまった。こ、この声は……柊! 
 浮かれは、とりあえず影へと押しやる。喜ぶのはなんにせよ後だ。声のほうへと走ると足を失くし、体を薄っすらと薄めた柊がいた。

「柊っ!」
「ふ、ふゆか。ああすみません。ふっ、共に送る祝いの言葉が最後ご言葉になりそうです……よく、がんばりましたね。ふふ。結婚式の晴れ姿くらいは見たかったのですが」
「何言ってるの! ……何か私に出来ることは!?」
「結界によって清春様からの力は遮られ、結界内ゆえに力の補充がままならない。私にはもうどうしようもありません。……手を、握ってください。消えるまで、握っていてください」
 
 そんなバカなっ! 嘘だと言ってよ! 私はついにお腹の辺りまで薄っすらと消えだしている柊の手をしっかりと握る。死んでしまうなんて許さない!
 ぎゅっと握り締めた手が光、柊の体がはっきりとしてゆく。

「……あれ?」
「よーし成功ですね。素人は感情が高まったときについつい霊力を放出してしまうのですよ。あっはっはー」
「……なんだそりゃ」

 なんだそりゃでよくも騙したな、だが、よかった。

「安堵の場合ではありませんよ。どうにか力には目覚められたようですが、結界が私たちを遮っています。とりあえず全力で壊そうとしてみてください」
「おらあ!」
「うわあ……」

 掛け声が気に入らなかったらしい。気合と共に放たれた力は結界にぶつかり、なんだか拡散して消える。

「……ま、そんなもんです。術とはそういうもの。力にさらに強い力で対抗するのではなく、すべでもって立ち向かう。鬼が最上の敵とされるのは術を使う魔であるからです。さすがですね。強固である上に、冬歌や私の力は簡単に受け流すようになってます」
「……じゃあ、どうしろって言うのよ。清春が危ないってのに」
「ふっ、忘れているんじゃありませんか? あなたよりずっと術の扱いに優れている存在を」
 
 ……あ、柊か。確かに柊ならば破れるのかもしれない。私の力を貸して友情アタック、と言う感じかなあ。

「いやいや、私ではありませんよ」

 そう言うと柊は背負っていたカバンの中から何かを取り出した。……人形の夕玉だった。

「あ、夕玉」
「『あ、夕玉』、じゃないわよ、このバカ冬歌っ! 考えても見なさい! 柊が消えて、あんたが死んだら、私は、私は……」
「――夕玉。――……ごめん。そう、だね。こんなことなるって思わなくて……」

 そうだった。私は彼女の人探しを手伝うと契約を交わしたと言うのに。

「あんたが死んだら私はこのケロケロロミラーハウス二置き去りよ!? 日本人形が置き去りよ!? ――やばいわ。落し物行きよ……。結末なんて考えたくないわ……」
「あんだとこらっ。私心配したんじゃないんかい」
「まあまあ。今は時間がありませんから、話を進めましょう。冬歌、強く思ってください。全身を巡る力が夕玉に注がれてゆく様を。夕玉は頭を空にして力を受け入れてください。きっと強い力を得ることが出来るはずです」

 私は目を閉じ、言われたように考えてみる。体の中心を支点に全身を巡る力をイメージして、その力が夕玉に流れてゆく姿を続いて思い浮かべる。

「あ、夕玉。くれぐれも今は人間になりたいとか考えないように」
「……ちっ」

 ……おいこら。



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