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*陰みょる者的日々* -短いお話- |
=よかのつかいかた= 「余暇の使い方、ですか?」 「そうです。どう過ごして良いのやら」 椿と名のつけられた式が困った顔をして頼み込んできた。 何かと思えば……。 「自由に。そうですね……。人の自由は私たちには確かに広すぎます。ですが、椿。あなたには憧れはありませんでしたか? 人のすることへの何かへ。それを叶えればいい。今のあなたには手も、足もありますからね」 彼女はにっこりと微笑む。黒い豊かな髪。成熟した女性の姿。便利そうだな、と思う。 「柊は何をしているんですか?」 「……子供と戯れたり、鳥の話を聞きます。私がずっとしたいと思っていたことですから、充実してますよ」 ちくり、ちくりと尖った柊の葉っぱ。人も鬼も寄せ付けない。 鳥さえも語りかけてこなかった過去。 世界が、空が蒼く見えた。広く見えた。 葉をすべる雫に涙に似たものを感じ、少しだけ嬉しいと感じる、窮屈な世界。 目を閉じ、開く。 手が、足が、頭が、目が……自在に動く。式神のなんと恵まれてることよ。 「あれ、何してるの? 柊」 「見てわかりませんか、冬歌。子供と遊んでいます」 「子どもじゃねーぞ〜」 「そ〜だよ〜。ひいらちゃんだってちっちゃいくせにー」 纏わりつく子供たちに優しく微笑むと、手にした青いカラーボールを投げた。 子供たちはびしっと勢いよくそちらへ顔を向け、我先にとボールを取りに走り出す。 「……わ〜お」 「子供は、かわいいですね。冬歌はどうしてここに?」 「え? 下校中。ちょっと用事で寄り道したからいつもとは違う道を通ったんだけど。ひいらちゃんねえ」 「そろそろ遅いですね。さ、帰りましょうか」 子供たちに帰ることを告げる。上がる不満。もっといろよと叫ぶ声。でも、また。 そう言って頭を撫でる。 しょうがないな、俺たちは大人だから。また来るまで待っててやるよ。はい、また来ます。 これが、私の余暇の過ごし方。 「で、なんでひいらちゃん?」 「かわいくて呼びやすいそうですよ」 「ふ〜ん」 =一目見たそのときから= ちらりと横目で見てみた。 端正な顔立ち。 教科書を立てて、顔を半分隠すようにして、でもしっかりと、でもさりげなく見てみた。 見続けていた。 出会いは受験の合格の瞬間。掲示板を見て、けれど、ここは私の第一の希望の学校ではなくて、第一は落ちていて。 喜ぶ人々を尻目に、私の気分は泥沼のそこのようににごっていた。 多分、死んだ魚のような目だった。 掲示板から顔をはずし、舞い散る桜を追って視線を上げたとき、彼をはじめて見た。 私のいとしい思い人。 彼も希望ではなかったのだろうか? 寂しそうに、いや、彫刻のように固まっていて、でもそれが似合っていた。 その顔を見た瞬間に胸が沸騰し、鼓動が止まらなかった。ぶくぶくぶくと気泡が浮かんでなべの中で音を立てるように心臓が高鳴った。 (ここでよかった) 今までの後悔や暗さなんてぶっ飛んでしまっていた。 単純な自分に笑ってしまった。 何とかつながりがほしくて口が勝手に動いた。 「あの、合格、したんですか?」 「……ああ。君も?」 「ハイ。で、あの、あの、写真、撮ってくれませんか? 掲示板を背にして……」 写真なんてどうでもよかった。ただ繋がりがほしかった。 「いいよ。カメラかして」 カメラを手渡し、写真を撮ってもらった。ぱしゃり。 「これでいい?」 「あの、あの、ついでだし、一緒に写ってくれませんか? そのっ、記念に……」 わけがわからない話だ。けれども、彼はかすかに笑って『いいよ』と言った。 冷たい感じの笑顔だったけれど、それが素敵だった。 そのときの写真は宝物だ。 そうして、時がたって、運命はあるんだーと思っちゃう感じで彼と同じクラスで。 だけど、彼を魅力的だと感じるのは私だけじゃなかったみたいで、多数の女の子が告白して、玉砕した。 誰のものにもならない高嶺の花。 春の名を持つのにどこか冷たく、静謐な空気をまとう男の子。 白月清春。 私の恋は一方通行のまま今も続いている……。 =優しい気遣い= 「だいじょうぶ?」 差し伸べられたては、琥珀よりも美しい。宝石のように輝き、すらりと美しい曲線をその腕は描いていた。 自分を省みて躊躇する。今、私は汚れてる。私はあなたを汚してしまう。そう思って。 けれど彼女は私の手を取った。 泥の被った手。爪に挟まる土。 太陽に染められた肌。うっすら、よく言えば小麦色の腕。つながって、白を汚す。 その手はやわらかく繊細だ。 それを、自分との違いを感じてそれだけで顔が赤に染まる。 「あ、うっ……。ありがと……」 「いえいえ。……でもどうしてこんなとこで?」 「花が……」 「ああ……」 校庭の一角を占める花の家。花の園。 美しく咲き誇るそれは女に似ていると思う。 蕾もそう。葉もそう。人生もまた、そう。 花は女に似ている。 けれどもどうだろう? 目の前の彼女は私とはまるで世界が違う存在のようだ。 彼女もまたしゃがみこむと、荒らされた花壇を直し始めた。 そう――荒らされた花壇を、素手で。 多分、サッカーボールあたりが蹴飛ばされてなったのだろう。そうして、心無いものに踏み潰され、にじられたのだろう。 「わ、わたしがやりますから」 「うん。あなたがやって」 ……え? それは確かにそうしてほしかったのだけれども。この綺麗な腕を、あなたを汚したくなかったのだけれども。 どこか、頭では手伝ってほしかったと。むしろそうであってと。 「それで、わたしもやるの。一緒にやれば早いし。ね?」 そういって彼女は天使のような微笑を浮かべたのだった。 ……白月。その苗字に相応しい女性だな、って思ったわけです。 =耳かき= 静かに、ゆっくりと視線を落とす。 私の小さなひざに枕す我が主 その、細く長い竹……耳掻きにすべての神経を集中させる。コリ……、コリッ。 竹の先に小さな引っ掛かりを感じ、それをはぎ落とそうとこする。 「難しい……」 まったく。何故私にやらせるのだろうか。もっとこういう作業に向くものはいるというのに。作業を続けながら、我が主の横顔を見る。端整であり、線が細く男性的な体を持ちつつも、どこか中性的なものを見せる彼。 目を閉じ、眠るに近いように見えるが、竹の動きに反応し、ぴくっ、ぴくっと動く。 ……かわいらしい。 くすりと笑い、再び作業を始めた。 こんな、日も良いだろうと思う。 =貧乏なのよ= ゆっくりと、手は動いていく。そのときの自分の腕は、どこかぎこちなく、命が通っているように思えなかった。 まるで、ロボットのようにがちがちになって動く腕。その様子は、知人でなくとも不安になり、心配してしまうだろう。第一に、私が私を心配だっ。 すいっと、手馴れているのかいないのか。いや、手馴れていない。入り口でコインががちがちとぶつかる。 「冬歌……。もう、いいです。やはり、パックのほうにしましょう。非常になんだかかわいそうになってきました……」 そういわれ、うんとうなずいてしまうあたりが、なんというか、かんというか。 そうして、私はコンビニに立ち寄り、パックのイチゴオレを柊に買って帰ったのだった。 =幼き日= 「水をかぶるの? わたし、やだ!」 禊をしろと強く言う祖母の顔は、静かに、だが確かに怒りをもっていて、小さい頃の私はそれが怖くて仕方がなかった。けれど……。 「ともだちが、いってたもん! お前の家はおかしいって!」 くしゃくしゃに、顔をゆがませて、少女……冬歌は泣き叫ぶ。 祖母は怖い。何より怖い。でも、友達のほうが、ずっと怖かった。くつを隠され、お前は違うと繰り返されるのが怖かった。 「わたしは、ちがうもん! みんなとおなじなんだからっ」 そういって、立派であった白月の家を何度も、何度も幼き頃は飛び出した。 そうして、何度も、何度も自分より、ひとつ年の下の男の子が見つけ出した。 「帰ろう。冬ねいは普通だよ。おれと同じで、暖かいから」 ふつうだよ、って繰り返して、手を引く。 手を握られることの安堵より、恥ずかしさや姉としての思いのほうが、それに勝り、いつもその手を離して走って帰った。 屋上で、びゅうびゅうと吹く風。強く、弱くと強弱を感じる。 「昔は、若かったなあ」 「ユッキー。それ高校生のセリフじゃないし」 今では、あの家を立て直したいと努力している。 びゅう。強い風が吹いた。 「おお、ユッキー。あそこ見てよ、パンツ見えた」 「……赤坂、ホントにそのケがあるんじゃないよね……?」 「ないない」 ……ホントかなあ。 =始まる前= ゆっくりと、少女は座布団の上にに座り込む。長い間、日干しにすることのなかったそれは、空気中の水を吸っているのか、ふわっとした感じはなく、ずっしりと重い。 ポットをその細く、けれども若々しい指で押し、急須にお湯を注ぐ。 こぽこぽと言う音とともにふわっとお茶の優しくも心落ち着かせる匂いが漂った。 買ってきたたこ焼きのパックをあけ、ソース・青のりをなるべく均等になるようにかけて、準備完了。 「清春様。できました」 「ん、でももうすぐ冬ねいも帰ってくるから」 少女の主人の周りをテレビに映るアイドルから、さらに欠点を抜いたような、人間としての何かが薄く、物語の天女や天使を思わせる美貌の女たちが囲む。 それをするから本命に嫌われるのではないだろうかと思わないでもないが、用があるときに出すだけの式神をパシリと勘違いする主人よりはずっどいい、のだろうか。 主人は、この世の誰よりも魅力的だ。 式神としての観点ではあるけれど。 急須から天井へと昇る白い湯気を見つめていると、乱暴にドアの開く音がした。 「冬歌、帰ってきましたね」 |
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