◇白夜◇

 

番外編:シンデレラ

 


 

 

 昔々、一人の男がいました。男は、妻を亡くし、息子一人だけ。その寂しさと、孤独に嘆きながらの忙しい仕事に、なんとなく参ってしまい、同じく仕事先の、夫を亡くした美しい女性と結婚をしました。

 けれど、その女性が綺麗だったのは容姿だけ。心はカラスのように真っ黒だったのです。

自分の娘と違い、かわいらしく、人がよい義理の息子に嫉妬し、意地悪を始めたのです。

 はじめは、そう、お風呂掃除や床掃除だけだったのですが、それをそつなくこなす様に、次第にいじめはエスカレート。

 継母さんの様子を見た二人の娘たちもそれに参加しました。

 

 次第に厳しくなっていくいじめ。けれどお父さんは気づいてくれません。いえ、気づいたとしても、継母のいいなりである父ではどうしようもありません。

 そんな彼の部屋も彼女たちの部屋と同じように暖炉がついてます。生意気ですが、市民にしてはわりとお金持ちの実業家だったため、仕方ありません。

 

 しかし、そんな一見贅沢ですが、綺麗に掃除されていない暖炉は燃えカスや灰でいっぱいです。綺麗にされている姉たちの部屋とは違います。

 次第に、灰に汚れていきました。

 学のあるお姉さんは自分の頭のよさっぷりを見せたかったので、彼をシンデレラ(灰かぶり姫)と呼びました。

 彼は男を指す言葉で、姫は女を指す言葉でしたが、それをすんなり受け入れられるような容姿だったのです。

 ちなみに、学を見せびらかそうとしたお姉さんは継母に、『かわいい呼び方つけてどーすんの』と怒られましたが、なんとなくというかどうしようもなく似合っていたためにそう呼ばれてしまうようになりました。男のくせに。

 ちなみに、ずうずうしくもその後、姉たちは白雪姫とか人魚姫とかシンデレラに呼ばせたこともありましたが、しっくり来なかったらしくやめたそうです。

 一応恥じらいの心は存在していたようです。

 

 これは、そんな悲しい少年、本名クリス=シルフィード=ウィンディー……シンデレラのお話です。

 

 

◆◆◇◆◆

 

「シンデレラー! シンデレラー!」

 今日も今日とて、朝一番に響くのは鶏の声でなく、サラ継母さんの怒鳴り声でした。

「うるさーい! 年上のお姉さんだからってお母さんにさせられた女の気持ちなんてわからないでしょー!!」

 と理不尽に怒り散らす様子です。しかし、シンデレラはぽよっと微笑みながらやってきました。彼はどんなときでもお気楽なのです。

「サラお母さん。なんですか? 今日、鶏が卵たくさん産んだんですよー。おいしい卵料理をお作りしますね」

 継母はシンデレラの作る絶妙ハーモニーを思い出し、ごくっと喉がなりました。まだ自称二十歳な継母は育ち盛りを語っているのです。

 しかし、首をぶるぶるとふり、本来の用事を思い出します。

「いい? 実はもうすぐ、ダンスパーティーが開催されるのよ。まあ、ダンスパーティなんて、珍しくないけど、今回のは別。……王子様の嫁探しでもあるの。私の娘たちを美しくするため、お前は手伝うのよ」

 国中の年頃の娘はたとえ庶民であろうとチケットが届きます。もちろんシンデレラに比べると劣りますが、美しい二人の姉にも届いていました。

 

 クリスはコクリと頷き、二人の姉のために急遽カロリー控えめのメニューに変えました。何せ、姉たちと言えばダンスが大好き。自分を美しく見せるために食事を抜いたりしてしまうのですから。

 それをさせないため、食べても太らない食事を用意する心優しいシンデレラ。

 今日はめずらしくシンデレラも皆と一緒に食事をすることになりました。

 こんにゃく等の低カロリーな食事をおいしく食べていると、上の姉の舌打ちが聞こえてきました。どうやら今日も毒が入っていたようです。

 

 実は上の姉のジョイルはシンデレラをたいそう嫌っており、殺意すら持っていました。しかも証拠が残らないような毒を盛るあたりがすさまじさを感じさせます。

 そんな毒を受けてもクリ……シンデレラが死なずにすむのは実はもう一人の姉シモンのおかげでした。

 シモンは薬師としての技能を持っており、シンデレラをからかったり、いじめたりはしますが殺したいとは思っていないのです。

 ぶっちゃけ言っていしまえば、どんな境遇でも笑っていられるシンデレラのことが少し好きでした。好きな子をいじめちゃうタイプのようです。

 

「ねえ! わたしは、お気に入りのペチコートをきたいんだけど。でもそれだけじゃダメだから、ゴールドの花つきのお気に入りのケープね。あとダイヤモンドの胸飾りね。ねぇ、これって普通は手に入らないものなのよ。でも、私が綺麗になるんだからいいよね」

とか言ってしまう次第でした。

 このように時折彼女にはいじめてるのか、恋人にねだる女の子をしているのかよーわからない空気が生まれたりします。

 ともかく、仕立て屋さんに頼んだり、アクセサリーショップによったりとシンデレラは大変。けれどもシンデレラは笑って働きます。

 

「ねえ、シンデレラ。私の髪を整えて! っていうか、本音言っちゃうと顔が同じ義姉弟ってどうなの? とか思うけど、その辺は置いておくから。それ言っちゃうとジョイルお姉さまなんて実の兄弟だしね」

 下の姉のシモンはわりと物分りがいいようでした。

 そんなこんなで忙しくしていると二人の姉は言いました。

『シンデレラ、あなたもダンス・パーティーに行きたくなくて?』

 その言葉に、シンデレラは悲しそうに微笑んで言いました。

「ご冗談を。お姉さま。僕は行けません」

 そういうシンデレラに姉たちは言いました。

『そのとおりね。だって、汚いあなたがダンス・パーティーになんて来たら笑いものだもの』

 シンデレラさえやらなければ、二人の頭はへんてこりんになってしまうのに。でもシンデレラは優しい子だったので、二人の頭を完璧に仕上げました。

 そして、ついにその日がきました。二人はお城へ出かけていきました。シンデレラは、遠ざかって行く二人を、じっと見つめていました。二人の姿が見えなくなってしまったとき、シンデレラは突然悲しくなって、泣き崩れてしまいました。

「お姉さま〜。あの〜、僕男なんですよ〜? 王子様の未来の花嫁を決めるパーティーになんて普通行きたがりませんよー」

 いじめていくうちに結構事実を忘れている継母と姉たちの三人にシンデレラは色々な思いを含んだ涙を流します。

 そうしていると、おばあさんがどこからともなく現れました。

「わあ。……泥棒さんですか?」

 そういいつつも慌てないお気楽なシンデレラ。

 おばあさんは違うといって首を振ります。

「ボクは、年と雰囲気ってことで選ばれたルカ。魔法使いだね。一応。本職は天使かな。まあ、同じようなものかもしれないけど」

「天使の魔法使い様ですか〜。はじめて見ます〜」

 おばあちゃんと表現されているにもかかわらず、なぜかシンデレラより若いように感じる魔法使いは言いました。

「キミ、ダンス・パーティーに行きたいと思ってるね。叶えてあげるよ」

 わりと強引に魔法使いは言いました。いいえと言ったらもう一度同じセリフを言われ、またもやいいえと言ったら、また同じセリフを言われました。

 なんだか無限ループのようです。

 仕方が無いのでシンデレラははいを選択しました。

「じゃあ、かぼちゃと、ハツカネズミを六匹と、ドブネズミを一匹。そしてトカゲを持ってきてくれない?」

 普通はそこで『おいおい、あとコウモリの羽とか言い出して、ぐつぐつと壷で煮たりすんじゃねーだろーな』などと思ったりするものですが、クリ……いえ、シンデレラはその頃にはもう魔法使いルカのペースにはまっており、お気楽にも「はーい」などと答え、探しに言ってしまいました。

 屋根裏でこっそりチーズを上げていたハツカネズミや、何故かちょうど良くいたバトリング中のドブネズミとトカゲをひょいと抱えて魔法使いの前に戻ってきました。

 このあたり、いろんな意味でいじめが役に立ったようです。しかし、ハツカネズミに餌を上げてはいかんでしょう。

 そんなこんなで魔法使いルカがステッキを振ると、豪華な馬車と、従者と召使になりました。

「まあ、こんなもんだね。あとなんかある?」

「いえー、その、それに乗ってお帰りになるって言うのは?」

 控えめに提案するシンデレラ。なんとなく、魔法使いを手伝うのはいいのですが、パーティーには行きたくないようです。

「全く。あの王子様をげっちゅーするのには気合が必要なんだよ?」

 そう、説教します。しかし、クリスは王子様なんてどうでもいいというか物凄く迷惑でした。

 魔法使いはそんなシンデレラにステッキを振ります。

「わ、わあっ!? 服が、服がー」

 薄汚れていたシンデレラの服は姉たちの着て行ったものよりずっと立派で美しく、シンデレラに似合う女物ドレスに変わっていました。しかし、似合っているといってもシンデレラは男。

 なんとなく、違和感が漂います。

「ま、ボクにおまかせ」

 しかし、ルカは慌てずに、シンデレラに金髪のウィッグをつけさせ、ステッキで殴ります。

 するとどうでしょう? 見る見るうちに胸がほんわりと膨らみ始め、顔つきも元々女顔だったのですが、それ以上になり、もはや絶世では追いつかない傾国の美少女になりました。

「うーわーぁ。さすがにこれはやりすぎだと僕は思いますー。ていうか、僕、男の子ですからー。かわいいとか期待するのってどうなのかなというかー!?」

 さすがのお気楽シンデレラも混乱してよくわからないことを言っていました。

「はい。ま、これでもう完璧だね。不足したものなし。じゃ、チケットね。楽しんできなよ」

 そういうとルカはシンデレラを馬車に押し込み、従者に合図をしました。馬車は走り出し、ドレスで動きにくいシンデレラは出ることが出来ませんでした。

「わあああー!? もうどうしていいやらー? 楽しかった僕の生活がぁ!?」

 いじめを頼られているんだと微妙にお気楽に置き換え、幸せ労働に浸って生きていたシンデレラは叫びました。

 ですので魔法使いも叫びます。

「魔法は十二時で切れるからね。ま、キミは魔法なしでも見た目女の子だけど。困ったことになっちゃうんじゃない?」

 ひどい魔法使いもいたものです。クリスはゆんわりと揺れる馬車の中で涙しました。

 

 

◆◆◇◆◆

 

 

 パーティーは大盛況でした。国中の美しい娘たち。奏でられるヴァイオリンの音色。そして会場に満ち溢れている幸せの空気。

 しかし、その中なんとなく王子様は不機嫌そうでした。

 

「むーん。なんつーか、なんつーか。嫁さんさがしっつーならさあ、もっと年齢上げてくれよ。ロザリア王女といい、さっきのシモンって言ったか? といい、なんであんなに若いんだ? 陰謀か? 陰謀なのか? なあ、マナ。最低でもお前くらいの年齢は道徳的にほしいぞ」

「おにいちゃん。政略結婚が嫌だーっておじいちゃんに言ったからこんなに大きなパーティー開いたのよ? すっごくお金がかかってて、そのお金は国民の税。無駄にしちゃいけないよ?」

 クリス王子周辺キャラは彼に合わせて年齢が下がっているのにぶつぶつと彼は文句を言いました。しかし、それは仕方の無いことです。 

 ……とよくわからないナレーションがつきましたが、仕方が無いので彼はワインをぐっと口に流し込んで気合を入れなおし、お嫁探しを始めます。

 しかし、そんな困っているセト王子を嬉しそうに眺めるのはマナ王女。

 彼女は前からかわいい妹がほしいなあなどと思っていたので、こっそりと年頃の年を引き下げてチケットを配るように命じていたのでした。

「(年下のかわいい女の子っ。ぬいぐるみとか好きだったり、かわいー服着せられるような女の子っ)」

 などと困った祈りを捧げていました。

 

 セト王子はだんだんと疲れてきました。彼はダンスはとても上手なのですが、何せ年若いというか、背が低いものが多く、なんだか踊るのも大変なのです。

 今まで鳴り響いていた音楽が止まり、すべての人間が突然静寂に包まれました。入り口の方からだんだんとざわめきが漏れてきます。

 一体、どうしたのでしょうか。

 セト王子は入り口の方へ行くと、近くにいた友人のガルに声をかけました。

「一体、どうしたんだ、これ」

「いや、とりあえずあれ見てみろよ」

 そこには、美しい、美しい人がいました。

 セト王子はあまりにも彼女が美しいので絶句しました。

 魚のように口をパクパクとさせていました。

 周りを見れば同じようにする友人たちが見えます。

 お近づきになりたい。先ほど妹に言った不満など、ぶっ飛んでしまいました。王子は風のように速く、飛ぶように彼女の前に行くと言いました。

「私と踊ってくれませんか?」

 シンデレラは体は女になろうと、男であったので、ぶっちゃけ勘弁とか思っていましたが、おいしそうな料理や、数々の絵画など、すばらしいものに囲まれている状況に、『いいや。どうせばれないばれない。楽しんじゃおうかなー』なんて思ってしまいました。

 ダンスを終えると、王子とシンデレラはテラスで語らいました。

 王子が楽しいお話をするので、シンデレラはついついクスクスと笑ってしまいます。その様子を見て、王子はさらに面白いお話を話します。

 『王子たるものいつでも戦えねばならない』などと父親に言われ、箸を投げて相手を倒す修行や、ちょっとした冒険に出たとき塩をまいてスライムをやっつけたお話なんかをしました。

 しかし、無常にも時間は経ってしまいます。

 時計が十二時をつげました。

 シンデレラは、体が燃えるように熱く、そして、服が前に来ていたぼろに戻って行くのを感じました。

 (まずいよー。男に戻っちゃうよー)

 シンデレラは王子に別れを告げ、走ります。その様子に王子は驚き、後を追います。

 しかし、思った以上に足の速いシンデレラは城を出、馬車に乗り去っていきました。

 王子は、寂しさに顔を暗くしますが、きらりと光るものに気づきます。

 ……ガラスの靴でした。

 どうやら、あまりにもあせったせいで脱げてしまったようです。

 ガラス製で脱げるってサイズ合ってねーだろとかそういうのはタブーです。魔法の靴なので履けるのです。というわけで、そんなにいるなら普通シンデレラより足ちっちゃい女くらいいるだろとかも無しです。

 魔法の靴だから!

そういったよくわからない論法プラス何故か靴だけ魔法が解けないのも放って置いてください。人間に必要なのは寛容なる心であると思います。ええ。

 

ともかく、シンデレラを探すため国中の娘に靴を履かせていくも、今のところ誰一人として履けません。魔法の靴ですから。

 

何人も何人もはかせて周り、しかも色々文句や苦情を言われ続けているかわいそうな靴を履かせて回る兵士でしたが、ようやっと終わりも近づいたようです。

彼はシンデレラ宅にたどり着きました。

「奥さーん。城の兵士ですけどー」

 インターホンを押して兵士は言います。……何、なんかおかしい? ……ほら、寛容な心で。

 そうして、継母であるサラが出てきます。二十歳くらいに見えるその姿に兵士はむねきゅんし、『まったく。王子もこーゆー人をめとればいいのに』とか思いました。

 いや、まあ、設定では悪い女なので、外見にだまされるのはアウトな感じですが。

 

 兵士は、何故か奥さんにもチャレンジさせましたが、もちろん履けません。上の娘、ジョイルは無理やりに足を入れようとして兵士に止められ、アウト。

 もう一人の下の娘は、嫌々そうに足を入れましたが、もちろんアウト。

 がっかりして、ため息をつく兵士の前に、少女が現れます。

「はい、お茶です。どうぞ」

 少女からお茶を受け取り、飲んだ兵士は、少女を手招きします。

「はい?」

 そうして、ガラスの靴に足を入れてみました。ぴったりでした。

 昨日夜遅くまで起きていたシンデレラは普段は楽しくやっている仕事が、なんとなくつらく感じられ、とても頭がぼーっとしていたのでした。

 うかつな自分に青くなるシンデレラ。

 それとは逆に兵士は大喜び。これで出世間違いなしとおおはしゃぎですっ飛んでいきました。

 おろおろするシンデレラを不審な目で見る三人の女たち。しかし、何をしていいのかわからなかったので、とりあえず放置しておのおの普段どうりに生活し始めました。

 だだだだだっ、バンっ!

 勢い良くドアが開き、みんなでそちらを見ます。王子様でした。

 王子様はシンデレラを見て言います。

「そうだ! この人こそあの晩の私の姫」

 しかし、なんとなくクエッションでした。ほのかに違和感がするのです。髪が短いとかそういうのではありません。

「お兄ちゃん。この子、男の子じゃない?」

 空気が凍りました。お城の人間側だけ。

 恐る恐る尋ねます。

「お、男?」

「はあ。はい」

 ぱりーん。良くわからないですが、何故か王子様の心が砕け散る音がしました。がっくりと崩れ落ちるセト王子様。

 マナ王女様は兵士に命じて、城に運ぶように言いました。

「お騒がせしてすみません」

 そう王女は謝り、最後に『弟もいいかも』と謎の発言をしてから去りました。

 

「……やっぱり、設定的に無理があるんですよね」

 シンデレラは、兵士や王子たちが去り、静かになった家でぼそっといいました。

 

 その後、数週間王子はもう、生きるしかばねモードでしたが、来年にはルカという名の隣国の王女を嫁にもらったとかそーゆー噂が流れました。

 シンデレラの前に、おばあさんという設定を捨て去った魔法使いルカが現れ、ありがとうと言い、そして『ふられた後は色々とやりやすいからね。ふっふっふ』と言って去りました。

 シンデレラはどう反応していいか分からなかったのであいまいにそうですか、と言いました。

 

 

「シンデレラー! シンデレラー!」

 

 今日も今日とて、変わらずに朝一番に継母サラの声がします。

 シンデレラはいつもどうりにぽよっと彼女の元へ行きました。

 

 これは、そんな少年の物語。

 

 


 
 
 
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