◇白夜◇

 

番外編:出れない迷路

 


 

 

 長所は短所。

 

 そんなことを昔友達に言われた気がする。何故、長いと言われるものが短いと言われなければいけないのかが幼い頃の私には全然理解ができなかった。

 今だってそう。

 そして、何故長所が短所になるならば、短所は長所になってくれないのだろうか。完璧な長所は何処? 完璧な短所は何処?

 前者は見つけられないけれど、後者だけは私にはある。

 

 私は病気。私は何?

 

 神様、どうかこの短所を長所にしてください。

 

 

「……もう、止めて……」

 あまりの痛みと激痛に唸り、暴れまわる大切な人――お兄ちゃんがいる。誰にでも、いつのまにか友達になっている親しみやすい雰囲気を持っていて、頭がよく、運動もできて……誰にだって誇れる兄。

 父も母もすでになく、祖父のみを残した自分にとって、兄はどんなことがあっても失いたくないものであった。それが、唇を噛み、血を流し続けている。

 目は飛び出そうなほどに、そして血走っている。狂気を越えた何かが今の彼にはあった。

「もう、もう……」

 なぜ、なぜ、なぜ? 何故ここまでできるの? 何故ここまでするの?

 お兄ちゃんは激痛に耐えつつ、私へと手を伸ばし、優しくほほを撫でる。私はその手を包むように押さえた。

「大丈夫だ。大したことない」

「そんなはず、ないよ……」

 ほほに当てていた手をゆっくりと振るえながら伸ばしてゆき、そっと涙を払った。やさし、すぎる。ひどいよ、それは……。

「お前が泣くほうが辛いんだ。でも、俺のために泣いてくれるってのは少し良いかもな。うん。やっぱ泣いてくれ」

 がんばって口からつむがれた優しさに、涙を伝わせつつも、少しだけ笑う。でも、その笑いも手を床に落とし、再び叫び始めた彼によって消される。

「大丈夫、大丈夫、大丈夫、だいじょう……うぶううう!!」

 大丈夫と叫び続ける。神様は残酷だ。兄は残酷だ。

 何故、私なんかを生かしてしまうのですか。すんなり死ねれば良かったのに。病気になんてならなければ良かったのに。……私なんて、生まれなければ良かったのに。

 教えてください。私と言う短所は、長所になりますか?

 

 

 

 激しい疲労感が私にもあった。装置が終わりを告げる機械音を立て、赤いランプが消える。私は自分の腕に刺さった何本もの針をそっと抜くと、お兄ちゃんの腕にも刺さった針を抜いてゆく。針の抜けたところからじわりと血が浮かんでくる。私はお兄ちゃんの腕に口付け、血を舌でそっと舐め取ってからガーゼをテープで固定する。

 終了とともに意識を手放し気絶した兄をそっと背負ってベッドへ移す。

 先ほどまでの狂気の通ったような顔とは違う、安らかな寝顔にほっとした。

 胸にそっと耳を当てる。どくん、どくんと生きている証の音がして、それが体から伝わる体温とともに私を安堵させる。胸に当てていた顔を起こし、なんだか幼くすら見えてしまう寝顔を眺めつつ、手で髪を何度も優しく撫でる。自分と同じ、青に近い紫のかかった髪の毛。やわらかいその感触を受け、何度も撫でる。何度も。

 その行為がとても可笑しくて。

「お兄ちゃん相手なのに、弟にしてるみたいだね……」

 私は立ち上がって、部屋を出た。

 自分の部屋へ戻り、カレンダーに丸をする数日後、兄の感じた痛みが自分にも降りかかる。それは病気。体に膨大な魔力を集め、その力の大きさに体を痛めるというソレ。

 この運命に、何か意味はありますか? 救いはありますか?

 

 

◆◆◇◆◆

 

 

 学校、私は張り出された成績を眺める。自分の名を、一位から探して行き、次第に落胆だけを強めてゆく。自身の名を見つけ、呟く。

「五十二位……」

 二百五十人中、五十二位、だ。一緒に掲示を見た友達が言う。

「わあ、すごいね〜、私たちなんて、真ん中だよ真ん中。上の方へ行きたいな〜」

「ホントだよ。マナいいな〜。勉強できて、料理も上手いし、かわいいし!」

 違うよ。それは違うよ……。だが、心の声なんて、他者に何の影響も与えない。私は『あはは、ありがとね』と答える。

 そうすると、友達はさらに続けて褒め称え……その会話に割りは言ってきた人物がいた。

「五十二位! ……あなたのお兄様はいくつも飛び級なさって、それなのに最高の難易の分野のトップだというのに、あなたはこの程度なのね」

 そう、それも心の重み。お兄ちゃんは私助けるためにといい、勉強をがんばった。ひたすらに、それこそ死にそうなぐらいに。朝昼晩、春夏秋冬すべての時間を机に向かい過ごした。おかげで、天才とすら言われた。努力の天才だと。

 でも、私はこうだ。

 努力なんかできず、何もできないで、なんでも受身で。死におびえつつ生きている。兄の加護の中で。

「私だって、そんなの知ってるっ」

 怒鳴るようにいい、彼女らの前から去る。八つ当たりだ。

 その場から逃げる。

 私にも、特技はあるよ。武道ができて、料理ができるよ! 私の中の誰かが叫ぶ。でも、それは違うよ。

「だって、料理も、武道もお母さんが教えてくれたことでしょ? どっちも、自分がやりたくてやったんじゃない」

 

 何故、それらを習い続けたんだっけ、と学校のベランダで風を受けながら思う。

 そう、独り占めされていたからだ。

 父が兄につきっきりで技を伝えていて、母はその様子をいつも心配そうに見ていた。だからいつも思っていた。『お父さん、お母さん。私も見て』と。

 母から料理と武道を習ってる間、母の視線だけは私のものだった。でも、母が死に、私が病気になった。大商人である祖父が膨大なお金を使い治療を試し、けれど直らなかったのを見て、父は世界へ旅立った。未知をも治療するアーティファクトを探しに。

 そして、兄は自身の楽しみ、自身の生活、自身のすべてを捨て、学問に生きるようになった。『妹を治したいから』と。

 お兄ちゃんの勉強には成果があったといえる。本来の使い方は魔力のなくなった人間に分け与えるものだが、それを使い、体を痛めるほどの膨大な魔力を自分に移したのだ。

 それによって、痛みは半分になった。

 でも、わかるんだよ、お兄ちゃん。だんだん日の感覚が短くなってるでしょう? 痛みは強くなっているでしょう?

 そして、最近お兄ちゃんが優しい。いや、優しいのはいつものことだけれど、一緒にいてくれる時間ができてきたと言うか、よく一緒にいるのだ。

 それは非常に嬉しいことでもあるけど……。

 でも、兄の友人のガルさんにそれとなく聞いてみれば『あいつ、ここのところあんまり勉強してないんだよな。いや、普通の奴らよりはずっとしてるぜ? でも、いつもと比べれば……』と。

 つらいから、もう止めたというのならば、それも、いいと思う。

 私なんて、助けてくれないで良いといつも思っていたから。でも、そうじゃないと、思う。多分……。

 

 私の、死期が近いのだ……。

 

 矛盾している。ずっと死ねば良いと思っていた。家族に迷惑をかけているのに、家族のすべてを奪っているのに生き続ける自分が嫌いだったから。

 見捨ててほしいと願っていた。その手を離してといつも心の中で叫んでいた。

 でも――。

 でも、心の中で別れを嘆きつつも、笑顔で微笑んでいて……一緒にいるお兄ちゃん。

 わからないよ。わからないよ。でも、胸が張り裂けそうに痛い。

 

 ……私を見捨てないで……。

 

 ずっと、ずっと心の奥で感じていた。見捨てられる可能性。怖かった。家族が一緒にいて、幸せだったときも、見捨てられることを考えていた。

 自分が死んだら、みんなはどうするだろうって、悲しんでくれるだろうかって寝る前にベッドの上で勝手に想像して、一人で泣いていた。

 幼い頃の私。

 でも、それは今も続いている。

 手を離してと口はいい、手を離さないでと心は叫ぶ。

 なんだ、簡単じゃないか……。

「私、ホントは死にたくなかったんだ……」

 私は自分が泣いていることに気づいた。ベランダに吹く、風の抱擁を受けながら、私はいつまでも泣き続けた……。

 

 

 兄は、その後学校を辞めた。祖父に縁を切られ、学費がないのだと笑って言っていたが、きっと嘘なのだろう。父が昔残した家に二人で住み始めることにした。

 あと、どのくらい生きれるのだろうか? 

 死にたくないの思いは前よりずっと強くなってはいた。けれども、その心の端でこうにも思う。『お兄ちゃんと一緒にいられるのであれば』と。自分を治すためとはいえ、お兄ちゃんは私とは一緒にいないようになってしまったから。

 悔いが無いとは言えない。でも、お兄ちゃんと一緒なら、少なくても私は死の前まで微笑んで、怒って、笑って、泣いて生きてける。

 最後は、泣き喚いちゃうかもしれないけれど。

 

「お邪魔するよ」

「ぁ、はい」

 黒い衣装を身に纏った、赤い眼のかわいらしい女の子が入り口にいた。どうやらうっかりしていたようだ。父は料理人をやっており、父が残した家は住居兼お店でもある。つい今日から営業を始めたのだ。と言っても、私とお兄ちゃんと二人だけだからたいしたことはできないけれど。

 初めてのお客が飛びっきりにかわいい、天使のような少女なのは、なんとなく幸先がいい気がして、気分が軽くなる。

「何にしますか?」

「カレーを」

 これが、私、マナ=ムーンライトと天使ルカの出会い。私はその後、一年間の自由と自分だけで生きる力を手にした。

 

 

 ……私は、長所になれますか?

 

 


 
 
 
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