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◆白夜◆ |
第四話 |
夕日を浴び、赤く光る校舎。 そこにあるのは――物悲しさ。 (なんて単なる自分だけの感慨か……) 図書館から出た俺は入り口へと歩いてゆく。時間が時間であるからもう、人の影はない。 「お兄ちゃん」 いや、いた。こちらに気づき小さく手を振る少女が。 青く水晶のように透き通った瞳はその人物の優しさを如実にあらわしている。 校舎の中を流れる微風を受け、紫がかった髪が小さく揺れる。 かわいい……そう思う。まあ、ひいきが入ってるかもしれないが。 「あー、マナか」 「お兄ちゃんホントにいいの? ここ辞めちゃって。私だってがんばって働くよ?二人でがんばればここにい続けれるかもしれないじゃない」 「まあ、そうかもしれないけどな。でもお前病人だし。一人分くらいなら何とかなるからお前はここに通っとけよ。まー、兄ちゃんに任せておけ。なんとかするって」 まあ、嘘だけどな。実はもうすでに手元にはそれこそ莫大な資金がある。大量のアーティファクトはどんな値でさばいたとしても一家で一生を遊んで暮らせる位になるからだ。 「それはさておき。たしか今日はアレの日だろう? さっさと家に帰ろう。学校じゃできないしな」 そのセリフを聞き、マナは明るかった表情を暗くする。きっと自分に降りかかった病の痛みを思い出しているはずだ。二人で半分。つまりそれは相手も自分と同じ痛みを感じているということ。 マナは病気だ。 妹の病。常軌を逸した病状。死をも越える痛み。 辛くて見ていられなかった。年々痛みを強めていく姿を見るのは。ここに入り、さまざまな勉強をして見つけた手段。 感謝した。同じ痛みを味わえることに。感謝した。痛みを緩められることに。 この身で良ければ、いくらだって捧げよう……。そう神に祈り続けていたのだから。 「こっちへこい」 俺はマナの腕をしっかりと掴み体を引き寄せる。マナの顔に浮かぶのは苦悩と軽い拒絶。 「もう、やめようよ。私もう見てられないよ」 「目をつぶってればいい。その間に終わるさ。俺は声を出さないように努力するから」 マナは腕の力を抜くとこちらに手を差し出す。俺はその手にいくつもの管につながった針を刺す。 アーティファクト。治療系ではなく、人から魔力を吸収し、移し変えるタイプの。 マナの病気。それは異常なほどの魔力の吸収力にあった。 人は魔力を多かれ少なかれ持つ。魔術師はその力が人より高く、魔力を体から出す力を持つ人間がなれるものだ。 だが、マナには後者がない。ただただ強く魔力を集める。 空気を入れすぎた風船が破裂するように、魔力が体を蝕む。 アーティファクトを使い空気……すなわち魔力をよそへと移す。週に一度。それが限界だ。俺とマナの。 兄弟だから相性がいいのだろうか。以前、このアーティファクトを高レベル魔術師が使ったことがある。結果は散々。ほんの数秒で魔術師は気絶した。 俺のほかにやれそうな人はいない。爺さんは年だから、あの痛みには耐えられるとは思えない。母さんははやり病。親父ももうこの世にはいない。 俺は自分で布を噛む。そうでないと舌をかんでしまうからだ。 スイッチを入れる。 流れ出す魔力。膨大な力。痛い。体が痛い。胸が……いや、魂がいたい……。 声を押し殺すために強く布を噛む。力を込めすぎたせいか血が出たようだ。微かに血の味がする。けれど血の味がわかるうちはまだまだ生ぬるい。 痛みは徐々に増す。自然と声は漏れ、口から流れ落ちる血は多くなる。布から染みだした血は雫となって落ちる。痛みが汗を体に浮かばせた。 涙でゆがんだ光景の先には同じく涙を流す妹。 「大丈夫だ。まだ大丈夫だ。痛くない。だから泣くなよ……」 二十分、ほんの二十分。その短いはずの時間が俺に地獄を見せる。その時間は俺には一時間にも一日にも思えて……。 痛みが引きはじめた。俺は顔をあげる。いつの間にか俺はベッドに寝かされている。 「お兄ちゃん。もう、終わったよ……。終わった……よ」 俺の手を硬く握りながら涙するマナ。俺はあいた手で髪を優しくなでる。 この行為の……痛みの報酬はマナの痛みを和らげること。 助けたかった。そのためになら何でもできると思っていた。 けれど。突きつけられた一年という時間が絶望を教える。 俺はマナの頭をなでる。数日以内に発作が……俺が先ほどまで感じていた痛みを味わうことになる。 ああ……誰か。マナを助けてくれ……。そのためならどんなことだってできるというのに……。 |
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