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◆白夜◆





 

 

 掲示板前は朝から大賑わいであった。

 緑を主とした落ち着きのある制服。それを着た人間たちがたくさん群がる場所。その光景を遠くで憂鬱そうに眺める少女。

 それもそのはず。彼らが群がる先にはこの時期の学生の一番の関心……成績が張り出されているからだ。

 友達と手をとって喜ぶもの、舌打ちするもの、涙流すもの……。

 ここまでの反応を示すのにはわけがある。彼らは宮廷召喚士の卵であり、テストの成績いかんでその道をあきらめざるを得ないものがでるからだ。

 

 召喚士

 

 天使と悪魔の戦争を終わらせた偉大なる英雄召喚王のもたらした記録より生まれし彼らの技術。

 異世界や己の世界の魔獣を呼び、従わせる力。

 その強大なる能力こそが雷竜王国の力でもあった。

「マティア!」

 先ほどより成績の掲示を憂鬱そうに眺めていた少女に掲示版に群がる集団の間から抜けて出てきた少女が声をかける。

「あ、ルカ」

 マティアは先ほどまでの暗い表情を瞬時に明るくする。

「試験どうだった?」

 ルカのその一声で明るくなった表情がまたも暗いそれに変化した。

「あー、だめなのか。まあ、しょうがないでしょ。急には上がらないよ。君はもう成績が固定してる感じあるし。変わったらみんな驚くこと間違いないからね。無理、無駄」

 ルカはマティアの肩を軽く二、三度叩く。おどけた調子で言っているのだがマティアの表情は晴れないばかりかさらに暗くなる。

「でも、授業中の居眠りだって三時間に一回まで減ったのに……」

「いや、なんていうか普通は居眠りしないものだけどね。まあ、フルで寝てたキミにしては上出来だけど。でも、寝る寝ない以前にキミ人の話聞かなすぎるし」

 マティア=レムレス。宮廷召喚士の見習い達でこの名を知らぬものはいない。

 なにせ実技の成績は教師をも上回るとされる天才。その反面筆記は地を這う出来。総合して彼女は常に平均点という評価を受けている。宮廷召喚士期待のナンバーワンであるが、このままだと最終試験で確実に落ちると噂の人物でもある。

 ちなみに最終試験は実技・筆記あわせて百点中七十点を取らねばならない。

「くじけそうなこと言わないでよ……」

「事実だからね」

 反対に……ルカという少女は実技・筆記ともにこれといって目立つ成績のない少女だ。

 皆はそれを彼女が他より若く入学しているせいだと思っているようだが……

 (実は隠してるだけなんだから。ルカはすっごい子なんですけどね)

「それより、なんでキミ急にがんばりだしたのさ?」

「私、王子様と感動の出会いをしたんですよ」

「王子様?」

「私がこのままじゃ成績がアレなので、勉強しようと森で強力な召喚獣を呼ぼうとしたときのことで……」

「聞いてないし。だいたいキミは実技だけはいいんだから、筆記の勉強をしたほうがいいんじゃないかな?」

「したんですけど、三分程で眠くなったから眠気覚ましをかねて」

「……あっそ。ていうか、キミは勉強することに根本的な何かが欠けてるよね」

 ルカはソファーを指差すと、彼女の反応を待たずに座る。それにならい、マティアもソファーに腰掛けた。

「でも失敗しちゃったんです。エビルクラーケン呼ぼうとしたらなぜか魔力の川が乱れてオーガが出てきちゃって。しかも乱れたせいで召喚は使えなくなってしまいましたしー」

 召喚術でもっとも大切なのが魔力の川だ。アストラルラインとも呼ばれているが、なぜか魔力の川と呼ぶ人が多い。

「キミは召喚魔道学基礎の召喚律から勉強したほうがいいね。水の生き物は水に。大地の生き物は大地にってどうしようもない学問だけど。むしろキミには高度かもしれないね」

「そのくらいは知ってますって。でも好奇心には勝てなかったんです」

「……あっそ」

 マティアは両手を組んで祈るようなポーズをする。目はきらきらと輝いており、彼女の横の道を歩くものはみなその輝きに目を手で覆いながら歩いていった。

「死におびえる私。迫りくるオーガ! 運命は決まったようなものでした……。そこに現れたのが王子様だったのです。白馬じゃないですけど」

「なんていうか非常にコメントしづらいね。ベタで」

「一刀! それだけでオーガを倒したんです。すごいって感動しました。胸がどきどきして止まらなかった」

「吊り橋効果って言うのがあってね。恐怖を恋心と置き換えちゃうってやつだけど。それで結ばれた仲は破局しやすいらしいよ。まあ、もともと偽物の感情だからね」

 マティアはルカをじとっとした目で見つめる。

「どーしてそうやってちゃちゃいれるのー!? 私本気なんですよー!? 応援してくださいよ。友達でしょ〜」

「無理な恋をあきらめさせるのも友情だと思うけどね。まあ、キミの場合まんざら無理でもなさそうだし。いいよ。協力するよ。ボクは今日から用事があるから、その前にちょっとお手伝いをしようか」

「またどっかに行くんだ?」

 ルカはしょっちゅう旅行に行く。授業があろうと、夏休み中だろうと。しかし、大量のお土産と思い出話からクラスでの人気は高い。もともとクラスの中で最年少の彼女は皆に妹のように可愛がられているのだ。

 (みんなの前じゃ“私”っていうし。猫かぶってますしね)

「まあね。今度は風竜王国に行くよ。ボクの彼氏たちが待ってるからね」

「彼氏が待ってるんですか……」

「いや、彼女もね」

「節操ないですね……」

「ボクに節操なんて求められてもね。だいたい事情はわかったけど。雷竜の王子か……。まあ、のんびり屋だしキミにはあってるかもね」

 ルカはソファーの前にある小さなガラスの机にポケットから出した二枚の紙を置き、それにすらすらと何かを書く。

「ボクが言ってキミに書かせてもいいんだけど、キミ字が下手だからね。まあいいや。明日中にこことここを訪れておいてね。じゃあ遅れると困るからボクはもう行くよ。最高のシュチュエーションで男女は出会わなきゃいけないからね。キミのほうはとりあえず健闘祈るってことで。まあ、がんばるといいよ」

 そういってルカは足早に去ってゆく。先ほどまでの掲示板前の喧騒はもはや収まりつつあり、今度は別種のざわめきが起こっていた。

 ぎゅるるる。

 マティアは自分のおなかを押さえる。

「そっか。もうお昼どきですもんね。まず食堂行こうっと」

 マティアは渡された二枚の紙をしっかりとポケットに入れるとスキップしながら食堂へと向かった……。

 

 

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