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◆白夜◆ |
第七話 〜1〜 |
朝の食事を手早く終え、あくびをしながら舗装されていない道を歩く。整えられた美しさとは違うが、朝露とどめる草花は目を楽しませる。 「眠いです……」 マティアは何度も目をこすり眠気を払おうとする。 「もう歩けない……眠くて……」 そういうと腰につけていた杖を引き抜く。腕より短いその杖を振り回し、小さく何かをつぶやくと、地面が光り、一匹の召喚獣が現れた。それは一見巨大なネコであったが、少々の相違が見受けられた。違うのは角があることと、尻尾が四つほどあることだろうか。 「う、楽……」 がばっとそのナコに飛びつくとマティアは毛皮にほお擦りする。 はたから見れば横着のように見えるこの行為も術者的には間違いではない。 召喚術にしろ、魔術にしろ何より大切なのはそれを意識せずに使用できることであるからだ。まあ、そのせいか召喚術士の多い雷竜の国の民は比較的のんびりだといわれたりするが。 ナコはマティアが落ちないように気をつけながら歩いている。それでも人が軽く走る以上には早いのは流石というのだろうか。あっという間に林を抜け、広い空き地に出る。 ナコはマティアをそっと降ろすと首を舐めた。 「ひゃあ!? あ、うん。起きます起きます……」 瞼をしきりにこすり、目を覚ます。ナコに手をかざし、送還する。 「ありがとうね」 マティアは覚めてきた頭で考える。すなわちこんな所に呼んでどうするのか……ということだ。 「広くていい場所だと思うけど……壊れた廃井戸しか無いし……。どうすればいいのかな?」 とりあえず、他に目立つものがないので井戸を調べようと近づいていく。 (そう思うとなんだか眠くなってきました……) いつも悩むのだが、どうしてこうまで眠いのだろうか。不思議でしょうがないとマティアは思う。 「きっと何かの呪いかも」 井戸の前にたどり着いた。見るからに井戸なそれは朽ちており、周りは苔だらけ。落ちないようになのかふたが閉めてあるが、釘やなんかで閉めてあるわけではないので手で開けられそうだ。 「水飲めるのかな……。のど乾いたかも。顔洗いたいし」 ふたを開けた。 「ばああああ!!」 「ひゃあっ!?」 マティアは突然の大声にびっくりし、その場にへたり込む。 「あわわわわ……」 「はーっはっはっはぁ〜。驚いたか! ゆー……りってあんた誰だよ」 「そ、それはこっちのセリフです! なんですかいきなりっ! って妖精!?」 目の前にいるのは人形サイズの虫系の羽根を持つ人型。いわゆるピクシーだのシルフだのといわれるあたりだ。風の魔力あふれる風竜王国ならまだしも雷竜王国に普通にいるとは思えない。かといってだれかに召喚されたような感じは受けない。 「はぐれ?」 召喚士が死に絶えたとき、偶然にも魔力が豊富な場所にいた場合のみその場に留まる事ができる。 逆に言えば、そこ以外では生きていけなくなるわけで。大抵そういうのは冒険者たちからボスとか呼ばれて排除の対象になったりするらしい。 「オレは迷子じゃないぞ。失礼な。こう見えても……いや、まだ若いけどさ。それでも、威厳とか色々感じるだろ?」 「威厳?」 「そっ。敬えよ。多分オレのが若いけど」 「誰から?」 「オレだよ。うっせー女。なんだよ。名前くらい名乗れよ。ですますしゃべんなよ。フランクにしゃべれよ」 それは威厳と反対なのでは。そう思うもののそれ以上には何もいえなかった。 (ルカはこの子見せたいのかなあ) 「なんでもいいけど……。女って言わないでよ。マティア=レムレスって名前があるんだから」 妖精はうんうんと頷く。よく見ればとっても可愛い。人形サイズや妖精の羽。子供の幼い整った顔。なんというか愛でたい。 「まてぃあ。うん。かわいい。…女。オレこれからお前のこと、まてぃあって呼ぶから。オレの事はシルスって呼べよ。シルっては呼ぶなよ。ゆーりとかぶるからな。いいな? シルはあいつだけが呼んでいいんだからな。心得ろよ。まてぃあ。そしたらかわいいって言ってやるから」 変わった子だと思いつつも、かわいいといわれて少しだけ嬉しくなる。って私子供みたいに言われてません? それにゆーりっていうと思い浮かぶのが…… 「シル! なんだか仲が良さそうだね。そっちの子は誰かな?」 (お、おお……王子様ぁ!? ユーリアス=ヴェルトバルト=アルフィス様!?) 突如現れたのは……(といっても考え事をしていて気がつかなかっただけだが)ここ、雷竜王国ヴェルトバルトの王子だ。 雷竜王国は少しばかり他の七つの国とは違うところがある。それは立場だ。 水竜は生粋の魔道国家であるのに対し、火竜は魔道的に禁忌とされる機械を研究・開発している国だ。 位置的に水・風・土と火・金・木のペアになっている。そして大変なことにここ雷竜王国はその二つのペアの間にあるのだ。 そのせいで立場は中立。 あっちをなだめ、こっちをなだめと城仕えの人間は忙しいことで有名だ。 そんな現国王や家老たちとは対照的に王子ユーリアスは少々のんびりしたところがある。……がその優しさと女性のような美貌が民の人気を会得しているというわけである。 「ん。こいつはまてぃあ。オレの女だぞ」 「ええ!?」 (わ、私シルスのものなんですかっ) 「あ、……うん。僕もマティアって呼んでいいかな? シルはすぐそういうことを言う子だからあまり気にしないで付き合ってあげてくれると嬉しいな。なにせ僕は彼に言わせれば『オレの男』らしいからね。それより君、このあいだ森でオーガに襲われていた子……だよね? そうだと思うんだけど違ったらごめん」 (覚えてくれたんだっ!) 激しく鼓動する胸。顔に熱がこもるのがわかる。 「あああ、その! あのっ! はい! そ、その節はありがとうございます」 「いや、別にそこまで礼を言わなくてもいいよ。当然のことをしただけだからね。僕は18年生きてるけど、あんな物語みたいな状況初めてだったからね。いい経験させてもらったよ」 「きょ、恐縮です! あ、あの……」 「ああ、シルと同じでユーリと呼んでくれてかまわないよ。何せ僕らは『オレの男と女』だからね」 優しくこちらを見て微笑む彼は空き地に射す陽光を浴び、光り輝いて見える。まるで天使のようだ。 (か、かっこいい〜) そんな邪な思いに気づいていないようで彼は嬉しそうに話す。 「よかったら友達になってくれないかな。僕はあまり友達がいないんだよ」 「え!? そうなんですか? 初耳ですけど」 「ん。まてぃあ。確かにゆーりのことを慕うやつは多いんだよ。城の連中はもちろん、民衆もな。でもファンクラブだの愛でる会だのってのはいっぱいあるんだけど、ふつーの友達ってのができないんだよな。な。ゆーり」 (……私、愛でる会の会員なんですけど) 街の女の子で結成されている愛でる会は幅広いネットワークでもって王子を愛でるという集団だ。月一の会誌に写真を送り、本に載ると王子様プロマイドがもらえるという。 「うん。彼女らは僕を見ているけど僕を見ていなくってね。彼女らと話すとなんだか寂しいというか、悲しい気分になるんだ。君はそうじゃない気がするから……よかったら友達になってほしい。あ、無理は言わない。いやだったら――」 「よろしくお願いします!」 マティアはユーリの手をとると上下にぶんぶんと振る。 「あはは……。面白い子だね。うん。よろしく。残念だけど僕はもう城に戻らなきゃいけないから。また会おうね。マティア」 マティアの手をそっとはずすと、ゆっくりと去っていく。 マティアは自分の胸が幸福でいっぱいなのを感じる。自分が愛でる会の会員なのは置いておいて。 「おい。まてぃあ」 その存在すら忘れていた。 「なんか失礼なこと考えてるだろ。オレは鋭いぞ。それよりまてぃあはゆーりが好きなのか?」 「好きです」 「即答だな。初めて聞いたぞ。まあいいや、元気な子を産めよ。名前はオレがつけるから」 いきなりすぎるその言葉にマティアは咳き込む 「ごふっ!? い、いきなり凄いこというんですね」 「ん? 人間は結婚した次の日コウノトリが子供届けてくれるんだろ? ゆーりが言ってたぞ」 まじめな顔をしてそういうシルスはすごくかわいい。ぎゅっとしたい衝動に駆られる。……したら死んでしまうだろうが。 「……まあ、そうですね。うん。きっと。ええ、真実です。紛れもなく」 「なんか引っかかる言い方するな。まあいいや。応援してやるからがんばれよ。ユーリは月・水・金の朝と昼にここに来るからな。お前はオレの女だからユーリが来ない日も来いよ。わかったな」 「うん」 それを聞いたシルスは本当にきれいな笑顔を見せてくれた。今までこんなに美しい顔を自分に向けてくれた人がいただろうか? マティアの頭をかすめる記憶。狭い部屋と腐臭のにおい。 首を振って過去を追い出す。鼻を使い匂いをかぐ。 ――ここは何のにおいがする? 草と、ほのかに甘い花の香りが。 |
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