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◆白夜◆

十三



 

 

「なあ?」

 ソルトは先を歩くリュークに声をかけた。

「なんだ?」

「……なんか、間違った選択をしたような、気がしないか?」

 ソルトは足を止め、もう一度言う。

「なあ?」

 足を止めないリューク。仕方無しにソルトは歩き出し、リュークの横に並ぶ。

「……何が」

「クリス王子、いい子って感じだったな」

「そうだな。人気も高いらしいし、魔道士としても優秀と言う話なんだろう?」

「聞いた限りじゃな。あいつ、俺らの雇い主……って言っていいのかわからんが、あいつ、クリス王子のこと殺しちゃうんじゃないか?」

「そうだな」

 

 あの後、リュークとソルトは宿を基点に町の人やらに聞き込みをしていた。そんなある日、ジョイルが宿に訪れた。

『ついて来い』

 連れて行かれたのは町の広場。そこには金髪の少年――そう、第二王子クリスがいたわけで。説明は省くが、ジョイルは本気でクリスを憎んでいるように見えた。

 

「そうだなって……。どうも思わないのか? お前より若いんだぞ」

 リュークの前に子供が現れる。薄汚れた服装の子供が言った。

「靴を、磨かせてください」

「ああ」

 リュークは大目の金を子供に持たせる。少年は顔をぱあっと輝かせ、笑う。

「ありがとうございます」

 少年は熱心に靴を磨く。珍しいことじゃない。靴磨きなんか。でも、この町じゃあ珍しい光景だ。それほどに竜王国とはめぐまれたところなのだ。

「ソルト、僕は彼が死ぬのに何も感じない。彼は王子だ。王位を争うからには、奪うか、奪われるか……。それは王族が、寝床に困らず、食事に困らず生きることの代償だともいえる。代価を払わずに得られるものなどない。そんなに気を病むなら、クリス王子が殺されたとき、代わりにこの少年でも救ってあげればいい。もらった金があればいい施設を紹介できるだろう」

「手軽く代わりに命ひとつ救っとけってことかっ」

 ソルトはリュークの襟首をつかむ。靴を磨いていた少年が驚いてこちらを見ているが気にしない。

「バカだな。僕に当たって何になる」

「俺は、殺すのも殺されるのを見るのも嫌だ」

 リュークは鋭い目を、細める。微かに笑ったようにも見えた。

「なら、バカなりに考えろ。依頼はすなわち試練を無事にジョイルを勝たせろということだ。そこを守ればいい」

「……早めに接触して、足止めの振りしてジョイルだけ行かせる、とか?」

「後は、彼が王位を正式に継ぐ前にクリス王子をさらってしまえばいい。火竜王国あたりへ連れて行けば問題ないさ。少年とはいえ魔道の素質はあるんだ、いかようにも生きられる」

 ソルトはリュークを離す。

「いいのか? ばれたら面倒じゃないのか?」

「ふんっ、バカがバカなりに考えて出した答えだ。尊重するさ。それに、そういうのは嫌いじゃない」

 再びリュークの靴を磨き始めた少年を見る。一生懸命に拭いている彼。そんな少年を見て、ソルトはひらめく。

「少年。この町はくわしかったりする?」

 少年は手を止めずに答える。

「は、はい。えと、でもさすがに、銀行の進入口とかは知らないので――ごめんなさい」

「なんのこっちゃ。いや、よかったら案内してくれないか? この町を。飯は奢るよ」

 少年は顔を下ろし、もじもじとする。

「で、でも、服汚いし」

「買ってやる」

「あの、その、迷惑は……」

「気まぐれだから気にしなくてもいい。こいつはバカでお人よしで子供好きなだけだ。子供の特権だと思って甘えればいい」

「あ、その、はい」

 ソルトは少年の手をひっぱって服屋へ行く。定員に適当な服を着させる。

「何にも言わないんだな」

「別に。君が自分でそうしたいと言うならいちいち否定することもないだろう?」

「ありがとう、な」

 リュークは勢いよく首を回し、そっぽを向く。

「かわいいやつめ」

「な、なんだと!? き、君は、バカだとは思っていたがここまでバカだとは!」

 珍しくおたおたとあわてるリュークにおかしさと、ふわっとしたものを感じる。本来なら自分の妹の婚約者候補の一人であった少年。愛と言うほどの感情はなかったはずだが、彼なりに慕っている様子だった、過去。

 (あの男のこと、やっぱ許せないのか、な。俺は気にしないんだけどなー)

 連れ帰すかどうかはともかく、一度あいつらとは向き合わねばならない。

「あの〜、えと、似合いますか?」

 女店員の横に見たことあるようなないような少女がいた。

「君は誰だ」

「え、あ、その。はい。ルージュ=アセムスって言います」

 それを聞いてもリュークは態度を変えなかった。怪しむような瞳に少女はたしろぐ。

 というか、俺、わかっちゃいましたが。

「あー、その少年。とりあえず、女装の趣味が?」

 とりあえず、埒明かないので言って見る。

「な、無いです……すみません」

「別に謝る必要は無い。そうか、君は女だったのか」

「はあ、そういうことになります」

 改めてよく見る。愛嬌のある顔。不安げであるもこちらをうががう見上げる視線。令嬢風の上品で軽い服。おどおどとしたその態度は人によってプラスにもマイナスにもなりそうだが……かわいい。小動物っぽい。

「人間変わるもんだ。まあ、いいや。お会計よろしく」

 店員にそう告げると、服一式の値段を示される。

「うげぇ……」

 不安げにこちらをちらちら見るルージュ。

「大丈夫だ。バカだがあいつは今金を持っている」

 ソルトは会計を済ますと、二人と共に店を出た。

「今日は楽しい日になりそうだなー?」

「……そうだな」

 

 

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