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◆白夜◆

十五



 

 

 鏡を見る。

 ぼんやりとそれを眺めていると何かが吸われてゆくようにも感じる。

「ロザリア様?」

 声をかけられ、ぼんやりとしていた視界がくっきりとうつる。

「何?」

「いえ、服のサイズ、いかがですか? 苦しかったり、緩かったりはしませんか?」

「別に、そんなことはない」

 不機嫌そうに答える。

 鏡に映っているのは少女か少年か。

 線が細く、華奢な体つき。少年とも少女とも取れそうな中性的な顔立ち。ただ、少々するどい瞳と男性服が鏡に映る者をどちらかと言えばで男だと判断させていた。

 少年は目をつむる。

「今日は、いつもどうりのパーティですが、各竜王国から王子が来ております。あまり失礼にならぬ行動をお願いします。例え、女性に言い寄られようが抱き疲れようが、口付けを強要されようが殴る・蹴る等の行為はしないでください。私が叱られますから。私が」

「別に、私の代わりに怒られてくれてもいいじゃないか」

 少年の服を調えた後、クシで髪をすきながら、ため息をつく。

「六時間。現在最長の記録ですが、ぶっ続けです。しかも正座で。私、死ぬかと思いましたよぉ? それはと言うもののロザリア様がですねぇ。城にお泊りになったエヴァロタ候の娘さんを蹴飛ばした挙句、精神に深い傷をつけたからで――」

「……エヴァロタの娘、トドだったもん。汚らしい。女の癖に。夜這いする方が悪い。それにほんとのこと言われて傷つくほうが悪い。自分を知って少しはそれに見合う行動をできるようになるし。きっとあいつ鏡も見たこと無いんだよ」

「――まあ、エヴァロタ候の事件は理解きますけど。しかし、どうしてそんなに女が嫌いなんですかねぇ。現ネーレリア王はあなたくらいの年の頃には心に決めた女性がいたそうですよ。現在の第一王妃、ロザリア様のお母様のことですが」

「しかた、ないじゃないか……」

 少年は後ろにいる少女に気づかれないくらいの小さな声でつぶやく。

 (しかたがないじゃないか)

「私は、女だ。男じゃぁ――ない」

 

 水の竜王国 ネーレリア。この国は一般には王族は男しか生まれないと知られているが、事実はその逆。

竜を継ぐものはすべてが女。だが、竜を継ぐ前、後継する女は儀式により性別を男に変える。そうすることにより、王の力はさらに強くなるらしい。魔道最強の国家としての義務であった。

『王は誰よりも強くあらねばならない』

 

「ねえ、ユリア」

 服を着替え、髪を整えたロザリアは窓ガラスに手をつけ、外を眺める。

「なんですか? ガラスは触られると指紋がついちゃうんですが」

「……あんた実は私のこと嫌い?」

「いえ、めちゃくちゃ愛してますよー」

「男になっても?」

「さあ? でも、あなたがあなたのままなら、私は変わりなくあなたを愛してると思います」

「あ、っそ」

「ええ、あっそ、です。さて? そろそろお時間ですし。パーティ会場へ行きましょうか? ……別に、私はそんなに悩まなくてもいいと思いますよ。男になるって言っても」

「今までの自分が否定されるのに? 無かったことになるのに……?」

 ユリアはロザリアの頭を何度も、何度もやさしく撫でる。

「無かったことにはなりません。私があなたの立場であったとしても、男になっても変わらず思ってくれる人がいるのなら私はそれほど悩まなかったでしょう」

 ロザリアはユリアの手を乱暴に跳ね除ける。

「ユリアは幸せだねっ。ユリアには大切な人がいるもの。……私、ユリアが男だったらそんなに悩んでなかったかもしれない。あるいは誰か好きな男がいたら。そうしたら哀れなヒロインを演じながら、すべてを受け入れられたかもしれない。けど、私は違う。絶対嫌だ。男になんてなるものかっ」

 ロザリアはユリアの脇を通りこし、乱暴にドアを開ける。

「場所どこっ!?」

 ユリアは微笑みながら言う。

「裏口の辺りで馬車が待ってます。一緒に行かなくて良いのですか?」

「いい。一人で行く。ケーキでも作って私の帰り、待ってろっ」

 乱暴に出て行く主人を見送り、ユリアは言う。

「さて、これからのこと、ロザリア様はどう決断していくんでしょうか?」

 だれもいない部屋でのつぶやきに返事が返ってくる。

「さあね。でも、悪くはしないつもりだよ。彼女が望みさえするならね。もっとも国の安全は保障しないけれど、ね」

 ユリアは後ろを振り返る。だがそこにはだれもいない。ユリアはイスに座り、コーヒーを二人分入れる。

「砂糖とミルクはどうしますか?」

「……残念だけど、今日は声だけの訪問だから、飲めないよ。今ある女の子の修行をしているからね。コーヒーはまた今度いただくよ。……またね」

 声はそれっきりで、部屋には響くことはなかった。

 ユリアはコーヒーをくいっと飲み干すと後片付けをする。

「私は、例えこの国が滅びようと、世界がどうなろうとロザリア様さえ幸せになってくれればいいのですけどもね」

 

 

◆◆◇◆◆

 

「くそかったるい」

 ロザリアはネクタイを緩めながらつぶやく。

 馬車を降りてからもついて来たお供が何か文句を言ったようだが知らない。よく見る顔だし、名前も聞いたはずだが覚えていない。ユリアくらいしか城の連中の名前は覚えてない。覚える価値もない。

「おひさしぶりですわ。ロザリー=ネーレリア=アクアシェル様」

「……ローザ=セントライトだったか? 久しいな。だが、別にロザリアでいい」

 ローザはロザリアを見てやさしく微笑む。ローザはロザリアを前にしても赤くなったり、恋愛感情を持ったりしない数少ない人間だ。面倒なことに大抵の令嬢どもは頬を赤く染めたりする。

 くりくりのロールパンヘア。美しい黄金色の髪。大人し目であってもはっきりと自己主張している瞳。ほのかに香る香水。すべてが皆に愛されて生きてきたことをあらわしていて、不快感を沸き起こす。自然と口調もきつくなるのだが、ローザはいつも気にしない。

「あら、久しくなんてありませんよ。先月お会いしたばかりですわ」

「俺には長かったってことだ」

 適当に社交辞令を言っておく。中にはこれを本気にとる女もいるから面倒だ。

「ふふっ、そんなぶっきらぼうに言われましてもね。ああ、そうでした。知ってますか? 今日は風の君はジョイル様ではないそうですよ」

「ふうん? あのくされ男じゃないのか。少しはこのパーティも上品になる」

「そうですわね。彼は――いえ、やめましょう。陰口はあまりよくありませんしね。第二王子クリス様が今日の風の君だそうで。まだまだお若いから期待はできませんわね」

「なんの期待だ……まあ、いい。俺は行く。腹が減っているからな」

「ええ、ごきげんよう」

 

 そういってその場を去る。第二王子の話はそのときにはもう忘れ去ってしまっていた。

 ――当然だろう? 私にはそんな余裕はないのだから。

 私は男のカッコと、男の口調をしながらこのパーティーが早く終わることだけを願っていた……。

 

 

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