back/home/index/next
◆白夜◆

十八



 

 

 あれから、数日がたった。

 洞窟からルカの転移で戻った後、クリスとの約束のときまで特にやることがなかったので、宿の営業をすることにした。といっても色々休んだりすることになったりしそうだから、実際は一階の食堂のみを開いている。

 宿はルカだけが寝泊りしている状況だ。

 しかし、食堂のほうはオヤジの頃のなじみの客がちらほらと来ているせいかそれなりに忙しい。

 ?

「ハンバーグ定食。旗立ててね」

「ルカ。てめえ、食いすぎ」

 マナから手渡されたハンバーグをテーブルにおけば、今度は入り口のほうのテーブルから俺を呼ぶ声がする。

「セト坊、虫だ! 黒い虫がいるぞ!」

「な、なにい!? わが聖域に虫がっ」

 テーブルに置いてある割り箸をとる。――目標は!? オッサンのイスの下か!

 投げられる割り箸は風を切る音をたて、黒き邪悪を貫く。

「……おい、オッサン。これ、玩具の虫じゃねーか」

「いやぁ〜、セト坊っては、親父さんに似てすばらしい割り箸使いに育ったなぁ。俺、この技好きで」

「……見物料払ってけ」

 まったく。迷惑なオッサンだ。

 俺の割り箸投げはオヤジから継承した奥義のひとつだが、俺は小学生の頃、学校になぜか現れた黒き暗黒を打ち破るためにこの技をつかったのだが、そのせいでゴキハンターセトと影で言われ続けてきたというかなしーかこがあるんだぞっ……まったく。

「あ、お兄ちゃん。客足も減ってきたし、フリージアちゃんのところ行ってていいよ」

「あいよ」

 

 フリージアは俺のオヤジの部屋にいた。部屋の中にはたくさんの本で埋め尽くされている。あと、わけ分からん大会のトロフィーとか。

 本の種類は魔道書から推理小説までとなんでもござれ。

 ……注意深いものが見ればこの部屋の異様さが分かるだろう。なにせ、すべてシリーズでそろっているものがないのだ。

 『一冊読めばなんとなく十分』というわけ分からん主義により、そろっているものはひとつもない。

 子供の頃、夢中になって本を読んでいたころ、続きがどこにもなくて、泣きそうになったことがある。

 ……実はあきっぽいだけか?

 まあ、それはそれとして。

 

「おもしろいか? それ」

「はい、マスター」

 毒キノコ全集を夢中で読むフリージアに声を掛けた。だめだこりゃ。

 フリージアは家で一晩寝かせたら普通に起きた。会話も大まかには通じ、仕事熱心だ。マナが仕事を教え込んでいたが一度教えれば完璧にこなす有能っぷり。ただ、俺のことをマスターと呼ぶあたりはいただけない。

 ……いや、俺に責任はないぞ!? いや、ホント。起きたら俺に向かってご主人様とか言いやがったからな。このこ。

 ルカいわく、『そういう風になっている』だとか。どうにかならないかと聞いてみたら、『マスターは?』と。まあ、そんなわけだ。ご主人様よりはマスターのほうがいい。

 ……が。べつにね。そのね。俺、店の主人だし(名義上)ね。マスターって意味、魔道士関連の人間じゃないとわからんのだろーけどさ。

 たとえるなら、あー、なんだっけ? あの、メッケル?=ダンディー?とか言う奴みたいなのとか? なんか違う気がするがうる覚えだ。

 

「……開き直ろう」

「?」

 そうつぶやいた俺に、フリージアは首をかしげる。……しっかし、人形みたいな子だな。いや、人形なんだけどな。

「ねえ、お兄ちゃん。フリージアちゃん連れてお使いに行ってきてー」

 下からマナの声がする。俺は階段を半分まで降りて言う。全部降りないあたりがコツだ。

「あいよ。どこへだ?」

「おじさんの所に爆裂デンジャラストロピカルアタックメタルクラッシュキノコを買いに行ってね」

「……危ない単語で埋め尽くされてるぞ。トロピカルくらいしか安心できんし」

「天国に昇るほどの味だそうです」

 本を置いてフリージアも来た。

「……フリージア、それは死ぬと言う意味なのか……?」

「別に毒キノコじゃないよ。今ブームのキノコで、食べると痩せるんだって。若い女の子に人気でなかなか手に入らないんだけど、おじさんに話したら手に入れてきてくれるって言うから」

「……マナ、麻薬をやっても痩せるらしいぞ……」

「うたぐり深いよ、お兄ちゃん」

「人は好奇心のために命を落とさねばならんのか……」

「落とさないってば。フリージアちゃん。お兄ちゃんをよろしくね」

 あまりに聞き分けの悪い兄の説得をあきらめ、マナはフリージアによろしくといった。兄は少々ショックだぞ、妹よ。

 しかし、ずっとそうしているわけにも行かないのでフリージアに脱いでいた赤い帽子をかぶせ、外へ行く。今のフリージアはなんだかふりふりとした服を着ている。マナの趣味だ。

 妹は昔から服を作るのが好きで、人の服をよく手作りしていた。

 ちなみに今俺が着ている服もそうで、センスは悪くなく、着るものに合っている服装だ。

 

「あ〜、だるい……」

 強くもなく、弱くもない日差しが少々じれったい。夏は遠くはないのだが……。暑いの嫌いなんだよな……。

 でも適度には暖かいほうが……

「歩くの遅いよ」

 前にびんびんと手を引かれる。気分的にはひっぱられる犬だが、周り的にはめんどくさがりのお兄ちゃんと二人の妹てな図か。

 なぜかルカまでついてきたのである。

「何でお前まで……」

「いやかな?」

「ずっけー言い方だよ……」

「じゃあいいよね?」

「嫌」

「ねえ、フリージア」

 ルカは俺のセリフを無視してフリージアに話しかけた。ムシスンナ。

「なんですか?」

「五百年は待っていたんだろう? 外はどうだい? それとも、なんとも感じない?」

「最悪の場合のため、長期睡眠のシステムが作動してましたから、意識はありませんでした」

「……久しぶり、って言いたいけれど、キミにはボクが誰だかわからないんだろうね」

「わかりません」

「なあ、何の話だ?」

「もし、彼がそういう選択していればって思ったんだけどね。やはり別物ってことかな?」

「わかりません。私はほとんど情報を持っていないんです」

 ……ムシスンナパート2

「おいこら。無視すんなよ。だいたいルカ。お前隠し事しすぎ。気になって夜も眠れなくなるぞ」

 ルカは肩をすかめて言った。……子供がやるとむかつくな

「キミはまだ知らなくていいことだよ。キミがやるべきことはひとつ。――竜を集めること。世界は変革を求めている。キミの選択一つ一つが世界を変えるということを覚えておくといいよ」

「ま、妹を助けるためっつー個人的な願いのために世界をかき乱そうとしちまうようなマスターだが、よろしくな?」

「はい、マスター」

 俺は二人よりちょっと前を歩く。照れ隠しが入ってるかもしれない。

「お、アイス。さ、セト。ボクらに奢るといいよ」

「奢るといいらしいです」

「……なんだそりゃあ。ハイハイ。お嬢さん方。奢らせていただきやすよー」

 なんとなく肩から力が抜ける。知れば知るほど、学べば学んだけ悩む。神竜を集めることの罪を。世界から国を七つ滅ぼすということの大きさを。

 

 ……しかたないさ。例え、どんなことになろうと。大切なものが守れるなら。そして、世界がそれを望んでると言うのなら。――後半は言い訳でしかないけれど、な。

 

「ほれ、急ぐ急ぐ。アイス屋が溶けるよ?」

「溶けるのはアイスでお店は溶けません」

「だって。アイスが溶けるよ?」

 とりあえず、難しいことは後でもいいんじゃないか? 最低でも、犯してもいない罪におびえるなんてばかげてるよな。

 選択云々といった割りに選択肢をくれないルカにひっぱられながら俺は思った。

 

 

モドル><メールフォーム><ツヅキ
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
Copyright 2003 nyaitomea. All rights reserved