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◆白夜◆

十九



 

 

 何一つ口をきくことのなかった兵士と別れる。

「たいどわる。だから兵士ってイメージ悪いのよー」

 少し愚痴ってみた。

 シモンはそのまま裏口から城へと入ってゆく。服装やカッコも“シモン”ではなくすでに“クリス”になっている。といってもウィッグ外してちょっといじったぐらいだが。

 (便利なんだか悪いんだか)

 部屋には戻らず、王の元へと行く。

「なにか御用でしょうか?」

「ああ。前に言ったとおり、パーティーに出席してほしい。別にいつもどおりに話してよいぞ。人払いはすんでいる。友人の父親程度と考えて話すといい」

「……それもどうかと」

 シルフィード王はにやりと笑う。

「そうだな。……最近、どうも各国でおかしな動きがある。戦争というほどのものではないが、何かの予兆に思えてならない。シモン。お前に行ってもらうのはただのパーティーだが、世界各国の若き未来の竜の後継者たちも参加している。色んなことに気を配ることになるだろうが、我慢してやってくれ」

「まあ、はい。私なりにはやりますよ」

 

 ……と、これが昨日の話。

 シルスは今、タキシードを身にまとい、自分と同じくらいの年の少女のダンスの相手をしていた。昔この城につれてこられたときからクリスができることは大抵できるようにと教育されてきた。魔道に関しては手も足も出ないが、ダンスならば彼にも負けてはいない。女性パートなら完璧に勝ちだ。――いや、まあ、クリスは女性側を踊る必要はないのだけど。

 (ふんわりとしてる……)

 手を握って思う。ふんわりとして、かつ、しっとりとしてて。ほんわりと暖かい。すべすべてしていて、体からはすこし甘い香りがする。

 (私とはえらく違うなー。今はそうでもないけど、昔は……、まあ、いいや。昔のことだし)

 考えるのは好きだ。悩むのも好きだ。でも、飢えるのと、苦しむのは大嫌いだ。それに比べて、ダンスは楽しい。どうせなら女性として踊りたいけれど、まあいいか。運動するのはとても好きだ。

 

 

◆◆◇◆◆

 

 

「疲れた」

 当たり前であるが、運動すれば疲れる。たくさんの人間が踊ってくださいといってきたため、随分と踊る羽目になった。背の高い年上の女性からも声を掛けられた。もてるのか、かわいがられてるかは、判別不明。

 とりあえず、シモンは適当に場を離れ、少しはじにあるテーブルに座る。本来ならだらっとしたいが、今は仮にも王子の代わりだ。

「やあ。随分とお疲れみたいだね」

 一人の男が話しかけてきた。世間一般で言えば、まだ少年の範囲なのかもしれないが。えらく輝かしい笑みを浮かべている。虫も殺しそうにない感じだ。慈悲というかなんと言うかな感じ。逆に怪しい、かもしれない。……いや、そんなことはないか。どうやら普通に良い人そうである。しかも顔がいいなあ。むかつく。

 クリスと出会ってからというものの回りの知り合いは美形ばっかだ。クリスといい、マリアちゃんといい。聖騎士団長のヒューイ様もそうだ。ええい。ちくしょうめ。

 まあ、城だの貴族だのなのだから目にいいのが集まるのは当然といえばそうか。

 ちらりと男から視線を外し周りを見る。集まった貴族や令嬢は確かに美しいものも多いが醜きもの、これといって特徴のない平凡なものも多い。分かっていたことだが、貴族=美形じゃないようだ。でも、貴族のお付は見た目がいい。

「いえ、そうでもないです。ところであなたは?」

 クリス口調で話す。別に難しいものでもないし恥ずかしいものでもないから楽だ。ザマスとかデスワヨとか語尾に付かないし。

「失礼したね。僕は雷竜王国アルフィスの王子、ユーリアス=ヴェルトバルト=アルフィス。よろしく」

「ウィンディーの第二王子、クリスです。雷竜の王子様だったのですか。初めまして」

 道理で。竜の後継者は皆美形の一族らしい。クリスに何故かと聞いたら

『初代、つまり初めて竜を宿した人間は竜によって選ばれたらしくて、ある人いわく、竜は美形が好きなんだって』

 だとか。まあ、その辺はよた話だろうが、そういわれるって事はまだあったことのない王子や王女たちもまた美しかったりするのだろう。体がむじむじするけど。自画自賛っぽくて

「すこしご一緒していいかな? あまりダンスが好きな性質じゃなくて」

 何が言いたいかがなんとなく分かった。そういえば、さっきから視線がちくちくと痛いかもしれない。そういうことだ。少年であるクリスとは違い、彼はもうすぐ大人だ。いわゆる唾つけたもん勝ちと周りが思っても不思議ではないかもしれない。

「あ、はい。僕はそうでもないですけどねー。まあ、人それぞれですし、ユーリアス様はおもてになるようですから、特にそうなんでしょうね」

「あはは……。そうなる、かな? 彼女たちの、なんていうかな。本心が色濃く見えてちょっとだけだめなんだ。欲というか、貴族の方々はどうも地位とか名誉とかばっかりで」

 ユーリアスはシモンが座っていたテーブルに赤い液体の入ったグラスを置き、彼もまた席に着く。

「そうなんですか。でも、そういう時は仲のいい唯の友達とだけずっと踊っちゃう、みたいな事をしたりする人もいるって聞きますが?」

 彼は困ったような顔をする。

「僕は心を許せる女の子の友達が一人しかいないし、しかもその子平民の出でね。それに僕は雷竜の王子だから、国交という意味でも彼女たちを相手する義務がある。けれど義務で踊りの相手をするって言うのがとてもつらいし」

 ふうんと適当に相槌を打ってみる。王子の坊ちゃんは坊ちゃんで大変ってことか。まあ、そうでもなければクリスだって街に遊びに行ったり買い食いしたり程度であんなに喜べない、か。私にとってはそんなことあたりまえで普通の行為だから。

「へえ。そうなんですか。でも、ダンスパーティなんてそんなものだって聞きますけど、わかっていながらつらいって、大変ですね。僕なんかはただ単純にダンスが楽しいんですが……」

「うん。それはうらやましいな」

 そのあとも色々なことを話した。そこで感じたのは、ユーリアスが本当にいい人だったということだ。顔なんかで悪感情持った自分を恥じてしまうくらいに。でも、優しすぎて八方美人なんだろうな。この人。

「楽しかったよ。クリス。良ければ僕と友達になってくれないか?」

「いいですよ、ユーリアス様。僕なんかでよいならですけど」

「もちろんだよ。ダンスは三日間続く。明日もよければいろいろ話したい。だめかな?」

「いいですよ」

 そういうと、彼は席をたった。ほんの少し歩いただけで、たくさんの女性が集まってきて、彼は連れてかれてしまった。人気者も大変だ。

 ――ユーリアス、様……か。

 風竜の第二王子……すなわち竜の後継者でないものはそうであるものより位がひとつ落ちる。彼に様付けしなければならないのも、彼がクリスに様をつけないのもそういう理由だ。

「付けたいなら様をつければいいって風にはいかない、か」

 貴族の社会も厄介だ。

 ――ま、それはそれ。体も休まってきたし、ダンスでもおーどろ。

 そういえば、クリスどうしてるかな?

 クリスの顔と一緒に思い浮かんだのはマリアと一緒に見ていたあの光景

「デレデレしちゃって……」

 まあ、私には関係ないですけど〜?

 嫌なことは全部忘れよう。踊ればそんなこと、忘れちゃうよ。きっとね。

 

 

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