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◆白夜◆

二十五



 

 

 馬車の中で、目を開けずに外の音を聞く。

 人がわめき、倒れる。

 疲れがたまっていたのか、ぐっすりと寝ていて、馬車が襲われているのに気づかなかった。気づいていても寝てたと思う。サラさんに任せれば大丈夫だから。

 声が、聞こえてくる。

「金の魔王?」

「あ、私。他にも紫の魔女とか。いい風に言う人は女神とか言ったり」

「ありがちな」

「そんなもんでしょ」

 のんきな感じな声が聞こえてくる。あの人たちってすごいなあ。

 眠気が散っていったのを感じ、目を開ける。馬車の隙間から見える外の色は黒に近い。結構寝ていたようだ。

「で、なぜこんなことを? お前盗賊の仲間ってわけじゃないだろ? 殺し屋って自分で言うくらいだし」

 殺し屋。人を殺す人。僕を殺しにきたのだろうか? ……可能性は低そうだ。今、僕が死ねば兄様は勝負に勝つ自身がないから殺し屋に頼んで殺した、と見られる。勝負に勝った暁か、勝負の最中に僕を殺そうとはするだろうけど、始まる前に殺すとは思えない。

「あんたらの実力を量りに来たんですけどね。クリス王子にはジョイル王子に勝ってもらわないといけないんで」

 殺し屋は続けて言う。

「もし、クリス王子が負け、ジョイル王子が王位に就くならば、ジョイル王子は必ず暗殺される。それは、クリス王子にとっても都合の悪いことでしょう?」

 想像、しなかったわけじゃない。風竜の牙と杖の二人がサラさんがこの国にいる時期を狙ってこんなことを企んだこと。

 何を見ても、何を思っても。すべてが僕に王になれと語りかけてくる。

 いや、兄様に王になるなと言っているのかもしれない。

 けど、兄様は王でなくなることに耐えられるのだろうか? 

 (きっと、何があっても僕を殺す)

 そうか。逆に言えば、僕が死ぬだけでいいのか。なんだ。簡単なことかもしれない。

 それは、とても、とても魅力的な考えだ。

 でも、

 ……死ぬのやだなあ。

 うん。ヤダ。死ぬの嫌だし、マリアさんもシモンもきっと悲しんでくれる。だからヤーダ。

 僕はまだ死にたくない。

 食べたいものだってたくさんある。見たいこと、聞きたいこと、したいこと……たくさんある。

 僕は死ねない。死にたくない。

 目を閉じ、耳に感覚を集中させる。一言だって聞き流せない。

「なんでそんなめんどくさい……」

「俺は大して知ってるわけじゃないですけどー? 神竜の使い手には二つのタイプがあるらしいね。ひとつは保有者。竜の力をとどめ、増すために存在する人間でもうひとつが行使者。強大な竜の力を自由に使える人間。そしてジョイル王子は前者でクリス王子は後者。ここまでいえば、なんでかってわかるー?」

「世界が変革を求めてる……から?」

「そう。そういうこと」

 

 目を開ける。

 馬車の中から自分以外が立てた音がしたからだ。

「魔力を感知。何者かがこの馬車に転送しようとしてます。打ち消しますか?」

「声? えと、その。そのままでいいや。来るもの拒まずで」

 フリージアは起きて目を開ける。猫のように輝く瞳。金と紫のオッドアイ。

 馬車の中央にピザ1.5枚分くらいの大きさの魔法陣が描かれる。

 そこから現れたのは見た目子供の黒ずくめ、ルカだった。

「やあ。クリス。元気かな?」

「ルカさん、ですか? なんでこんなところに? サラさん怒るからばれないうちに帰ってください。ルカさんと会った日にお酒とか飲むとすごいんですよ」

「ハイハイ。すぐ帰るよ。僕も試験勉強やらいろいろで忙しいからね」

「お久しぶりです」

「全然久しぶりでもないけど、まあいいや。キミらなら大丈夫だっていったのに心配する人たちがいてね。もしもの場合はケインがキミと共にいく事になってたんだけど、外の様子からすればまあ、大丈夫だね」

「ケインって誰ですか?」

「暗殺者」

「ああ、外の人?」

「そうそう」

 満足そうに頷く。

「ボクの猫にかなうはずないのにね。まあ、クリスに言っておきたくてね。竜王国とは、竜の後継者が王となる国であり、それ以外の形はない。これはいい?」

「はい。基本知識ですよね」

「で、今求められているのは行使者。なるだけね。優先順位はクリス、マリア、ジョイルだ。いい? キミに勝手に自殺とかされるとこっちが困るからね。まあ、キミにマリアと一緒に死ねる思いがあるのならば、ジョイルに竜を譲ってもいいよ。……ただし、世界中のお偉いさんが風の竜の行使者を探して、そして見つかれば即座にジョイルを殺すだろうけど」

 赤い、血よりも赤い瞳に僕が映る。

「マリアさんが? なぜですか?」

「マリアがどういう存在かを調べればわかるよ。残る道はまあ、ひとつ。ジョイルに王を諦めさせればいい。場合によっては腕でも足でももげばいい。後は監視の行き届いたところにキミの兄を置く。どう? これならばかなことも企めないよ?」

「下衆なことを言って兄様を侮辱しないでください。それは、それだけは許さない」

 手をルカさんの顔の前にかざす。いつでも魔術が放てるようにしてある。人の頭を吹き飛ばす程度の威力は出るが、彼女相手に通じるとは思えない。

 けれども感情が許さない。先に動く。

「まあ、その思いは立派だと思うけどね。その気は彼に向けるといい。残された手段は一つ。しくじりは許されない。ジョイルに力を与える連中もいるからね」

 小さく、『つまりキミが死ねばいつかマリアが死ぬんだ』とつぶやいてからルカは消える。

 

 力が抜けた。ぼんやりとしながら話しかけてみた。

「ねえ、フリージアちゃん」

「なんですか?」

「僕どうすればいいんだろ? なんか手詰まりな感じ」

「さあ」

「むむむ。名案とか浮かばないかなあ」

 外から破裂音がし、『逃げられた』うんぬんな声が聞こえた。

「むかし」

「え?」

「昔、人で言えば親にあたる人が悩みを抱えている少年にこう言いました。『どんなに悩んでもだめなときはいっそお気楽って言われるくらいの笑顔になればいい。へらへら笑って力を抜いてそれで出た答えに従えばいい』って。それがいい事なのか悪いことなのか判別はわかりませんが」

「お気楽かぁ。そうだね。悩んでる僕ってらしくないし。ね、笑顔って面白いと思わない? 怒った顔は怒り。悲しい顔は悲しみを表してるのに笑顔は冷笑、苦笑……たくさんのことを表す。それは笑顔が白だからだと僕は思う」

「白?」

「そう。白はどんな色にも溶け込める。どんな色にもなれる。僕は白いと思う。思ってた。でも、気づいた。僕の中には消えない炎がある。静かで冷えていて、でも何よりも熱い炎が。僕はそうだね。やっぱりらしくいくよ。僕ってさぁ、実は結構わがままなんだ。ほしいもの、大切なものは誰にも渡さない」

「そうですか」

 笑ってから再びフリージアは目を閉じた。

 別に彼女の目が馬車の中を照らしていたわけではないのに、静けさが、暗闇が黒を意識させる。寒くもないのにぞくっとする。

 同じようにクリスも目を閉じた。

 (ねむっちゃお〜)

 

 

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