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◆白夜◆

二十七



 

 

 クリスは早めに目を覚ました。ベッドから起き上がり、体を伸ばす。自然と体からはう〜んと声が漏れた。手と足をぶらぶらと揺らして頭を起こそうかと思ったが、なんとなく水が飲みたくなったので、蛇口をひねる。

 冷たい水をコップについで、飲み干す。まだ頭が冴えないようなので、顔を洗う。脇にあった顔を拭き、そして顔を上げる。

 鏡に、自分の顔が映る。ウィッグをして、シモンのように女の子をしている自分の顔が。

「もし、僕が、ホントに女の子だったら――」

 してはいけない想像であるというのは、わかっている。それでも、思わずにはいられない。

 風竜王家は、男が王を継いでいる竜王国。もし、女であれば、王位に関係のない存在であったのならば。魔術の才能がなかったならば。

 かつてのように、接してくれただろうか。

 にっこりと笑ってみる。鏡に映る少女はそれに合わせて笑う。留めることが出来なくて、瞳から一筋の涙がすうっと流れ落ちる。

「僕を、君ならばかって言ってくれるよね……」

 鏡の自分が呟くように見える。もう一度顔を洗う。そして今度は鏡を見なかった。

 

 洗面所から戻って、部屋を見てみれば床にねっころがっているセトがいた。

「セトさん、か。ルカに関係のある人。きっと、善意だけではないだろうけど、それでも、この人は手伝ってくれる。いい人だよね……うん」

 クリスの力ではベッドに運べそうにないので、とりあえず、ふとんをかけ直して、部屋を出る。

 外は朝の静けさを保っていた。

 設置されていた椅子に座ってぼっーっと何を見るでもなくただ、そこにいる。

 鳥の鳴き声、草のざわめき……いろんな音が聞こえてくる。見えないけれど確かにあるもの。見えなくなってもあり続けるものは、ある。なくなったと思わない限り、どこかにある。

 そう、信じている。

 

「クリス様」

「……マリアさん?」

 目の前に、彼女は立っていた。寂しげな表情を浮かべ。

「試練の場の近くまでは関係者以外行くこと許されていないので、ここでご挨拶と報告を。王と王妃はここへは来ません」

「ふうん」

「ショックではないのですか?」

 クリスはマリアに椅子に座るように促す。

「う〜ん。なんだかね。よくわからないけど、一般で言われるような親子の愛を感じたこと、ホントはないんだ。よくわからないって言うか。きっと、愛してくれてると思う。どちらとも。優しくしてくれてる。どっちも。でも僕は、僕が暖かいと、そう思った相手は……」

「ジョイル様だけ?」

 寂しげに微笑んでから、すっと首を縦に振る。

「変だよねー。なんでだろ? 憎まれても、毒を盛られても。悲しくてしかたなかったけど、それでも、なんだか切り離せない何かを感じるんだ。逆に、意識してくれてて嬉しいと感じるときも、少しだけある。怒りの顔でも、僕を見てくれる方がいい。冷たく、そっぽを向かれる方が、胸に痛いんだ。変だよねぇ。……変だよ、ね」

 クリスは自分を抱きしめるように丸くなる。

「……いえ」

「ううん。変だよ。でも僕は、やっぱり笑顔が見たいんだ。優しくしてほしいんだ。だから、行くよ。絶対に。逃げないよ。負けないよ。……マリアさんは、何しに来たの? ことづけと挨拶ってわけじゃないでしょ?」

「はい。実は知人をあたり、土の竜王国への亡命の手段を整えておいたのですが……むだになりましたね」

「ごめんね」

 クリスは立ち上がると、マリアに背を向け、ゆっくりと宿へと歩いてゆく。

「……僕は王子だから。この国で生きてこの国で死んでいこうと決めてるんだよ」

 

 

◆◆◇◆◆

 

 

「わあああああああっ!!」

「ぎゃああっ」

 大声で叫び、相手も大声を返した。

 セトはふとんをはいで飛び起きる。

「やっと起きた」

「お兄ちゃんおはよ」

 セトの前には二人の見た目少女が立っていた。一人はセトの妹でマナ。もう一人はなんちゃって少女である風竜王国第二王子のクリス。

 クリスはメガホンを、マナはフライパンを持っていた。

「なんだ、その重装備は……」

「だって、セトさん何やっても起きないんですから、しょうがないからマナさんに相談したらメガホンを」

「マナも。フライパンなんて使っちゃいけません」

「え〜……」

 なにやらマナさんが不満そうな顔をしたので同じように習って不満そうな顔をしてみる。するとセトさんは困ったようで。なんだか面白いかもしれない。

「近所迷惑だろーが」

「あ、でも、悪い気はしないんじゃないですか? 美少女二人組みに起こされて」

「……片方は妹で、片方は男の子だろーが。ハイハイ。どーも。もう起きた。んで、フリージアとサラは?」

「もう食事してますよ。そんなに時間があるわけでもないですけど、無いって程ないわけでもないですからゆっくり食事できますよ」

 着替えるからと、セトはクリスとマナを部屋から追い出した。

 僕はいてもいいと思ったんだけどなんでも、恥ずかしいらしい。

「なんだか面白い……」

 メイドたちやシモンやマリアさん達の語る悪女にでもなったかのようだ。男たちを女の魅力で翻弄する。本物はもっとひどいらしいし、ただからかってるだけのような気がしないでもないけど、なんだか新鮮な気がする。

「じゃ、食堂の方へいこ。クリス王子様」

「クリスくんがいいです」

「行こうか。クリスくん」

 にこっと笑う。マリアさんやシモンほどに美人ではないけど、笑顔の似合う人だなぁ。

 

 皆で、食事をして。ついに、僕は始まりの場所にいる。

「えっと、シモン。クリス王子は……?」

 城にある扉のような飾り多き扉。神聖な祠のような見た目の割に扉だけが浮いていた。

 城の兵士にそう問われてクリスはウィッグを取った。服はいつもどおりの男物だったけど、わからなかったらしい。

「う〜ん。男らしくなりたいなあ」

「ああ、クリス王子だったのですね……。そういえばお二人は似ているなあと思ってはいましたが」

「あんまり気にしないでくださいねー」

「ええ。まあ。ごほんっ。では、説明をさせていただきます」

 兵士はそういうと、ゆっくりと説明し始めた……。

 

 

<番外編:記憶へ
クリスとジョイルの関係に深みが出るので、ここいらで読んでおくといいです(笑)
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