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◆白夜◆ |
第二十九話 |
ルカは焦っていた。 王宮にも似た、センスのよい通路を駆け足気味で歩いてゆく。 右の通路から一人の老人が現れ、ルカを呼び止めた。 「どうしたんじゃ? そんなに急いで。そろそろティータイムだぞ。用意してある。ルカも一緒にどうじゃ?」 「ごめんブラルフ。……ルーが勝手な行動起こしたから、文句を言いに行かなきゃ行けないからね」 そういうと、ブラルフは落胆を大げさに表す。それを見て、ルカはくすりと笑う。 「まーいいわい、いいわい。 それより、そろそろホムンクルスが完成するから、生まれるときまでに名前を考えておておくれ」 「ふうん。明るいニュースだね。……わかった。そうしておく」 ルカは先ほどと同じように歩き出す。向かうは、五百年前の天魔戦争の三つの勢力のうちの一つ、天魔の頂点の元。 目の前にある扉が、ルカの魔力を感知し、自動的に開く。それすらも待てないようで、割り込むようにドアをくぐった。 「ルー!……勝手なことを!」 たくさんの装置に囲まれた部屋の中央に一人の男がいた。 その男が纏うのは負の力。見ただけで凍り付いてしまいそうなほどにその表情は冷たい。 うっすらと黒い肌と白銀の髪。美と言う観念で見るのならば男は頂点と言えるであろうが、それが描くのは絶望。彼の前に立つものすべてを畏怖させる空気。 「何の用だ」 何のやましい心が無くとも、無意味にひれ伏し、許しを請いてしまいそうなその力をルカはもろともせずに近寄った。 「キミ、風竜の元へ行ったね」 「行った」 「……しかも、余計なことをした」 男はそれを聞き、ほんの少しだけ、笑む。 「あれは必要なことだった」 「何がっ。……計画が、確実に早まった。キミの存在だって知られた!」 「構わないだろう」 「……! キミは……」 「お前の目的を果たすには、私の力がいるのだろう? 言ってみろ。お前がやりたいことはなんだ?」 ルカは肩を震わしながらもいう。 「ボクは、……英雄召喚王に封印された天使達を解放することを……」 「ならば」 男は続ける。 「私に従え」 ルカは黙って、顔をそらす。 「……」 「もういいだろう。行け。成すことを成せ」 ルカは何もいわずに部屋を出て行く。 ◆◆◇◆◆ がっ。 ルカは回りに誰もいないことを確認すると壁を殴る。 「ロートル魔王がっ……! 大天魔ルシフェルだって!? 神竜の力を軽視して、封印された、間抜けの癖に……」 しかし、彼がいなければ目的を成すことが出来ないのも事実だった。 光と闇の力の両方を扱うのは難しい。それは自分の体が一番わかっていることだ。 両立するだけならまだしも、二つを混ぜて使うのは自分には無理だ。 「天使と、悪魔の真の平和、ね」 世界には二つの月があって、天使と悪魔は英雄召喚王の力でもって、そこに住まうことになった。けれど、人口の増加と長寿が調和を乱す。 時の流れが、あちらだけ速いのも要因の一つ。 食糧難は深刻を超え、絶望的になり、飢えは理性を壊す。戦いが終わり無く続き、彼らは、望みを地上に向ける。 ――神竜さえあれば。 幼い子供たちを使い、人工的に天魔を造る。その過程で生まれた最高傑作。 ルカは痛む手を撫でる。 「ふふっ、大事な体を傷つけてしまったね……」 自分たちに懇願する者たち。 『お願いだ……。お願いだ……。助けてくれ。私たちを、救ってくれ』 何が正解で、何が間違いなのかがわからない。 だから自分に問う。 『一番大切なものは何?』 音にならない声を呟き、それに自分で頷く。 そう、求めるもののためならどんなことでもしよう。 復讐という名の刃ですら、自分を止めることはできないのだから。 「止まることは、罪だね」 苛立ちが収まり、冷静に考えられるようになる。 さて、どうしようか。ルカは考える。クリス王子に会うべきか、会わざるべきか。 「まあ、彼にはたくさんの人がついてるからね。何とでもなるかな」 最低でも七つ。 英雄召喚王、彼は本当は十二の竜を扱えるが、封印を掛けたときはそれより少ない数だった。 だから、封印をとくためにも、七つ以上の神竜を時期までにそろえねばならない。 こっちにあるカードを確かめているうちに、ブラルの言ったことを思い出す。 「むっ、名前か。花子? だめかな。でも花に関係するのがいいな。う〜ん。アザミ。……いいかも」 ぶつぶつと呟きつつ、ブラルのいる研究所まで歩く。 「もう紅茶の用意はしてあるぞ」 「ん〜、緑茶がいいかな」 「……しょうがないのう」 ルカは席に座って、お茶を待つ。ブラルは奥に消えると、お茶を持って戻ってきた。 「……熱いね」 「ほんと、がきじゃなァ」 ルカはお茶を片手に、クッキーに手を伸ばし、ほおばる。 「いつもながらここは汚いね」 「ふん。綺麗な研究所なぞ、未熟もんの研究所じゃ」 「汚いといいのかな?」 「部屋が汚いなんぞ、人間として何か欠けとる」 二人の間に、沈黙という空気が生まれる。ずずっとお茶をすする音だけが聞こえた。 「……そろそろ年が重荷になってきたんじゃない? キミ」 「まだ若いさ」 「……ねえ、若く、してあげようか? 人間じゃ、百年くらいしか生きれないでしょ? 惜しいと、思わないかな?」 ブラルはルカを優しく見つめ、笑う。 「ワシは天才じゃった。天才ゆえに、孤独で、好奇心といつも共にあった。ひどいこともたくさんした。いくつもの命をあやめた。 人以上の存在を求めたこともある。そして、おかげでルカと出合ったわけじゃが。 ワシは、今充実している。満ちている。けど、お前さんに会う前まではそうではなかった。常に、上に上にと目指さねば生きていけなかった。 ……普通に死にたい。そう思えるように、今はなっている。そして、今あるすべてをお前さんのために使いたいと思っている。何、あと三十年は根性で生きるさ」 「そう……」 そうして、また沈黙が部屋を満たす。けれども、今度のそれは、湯飲みからあがる湯気のように暖かいものであった……。 「ボクも、幸せさ。ボクを必要としてくれる人が、ちゃんといるからね」 「そうか。……和むのう。孫がいるってこんな感じなんじゃろーか」 「キミ、子供すらいないじゃん」 笑いながら、お茶をズッとすする。熱い。けれど、いい熱さだ……。 |
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