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◆白夜◆

三十三




〜2〜

 

 

 ジョイルの構える魔術の力がどんどん増加してゆく。しかし、クリスはそれをただ眺めるだけであった。

(このままだと、し、ぬ?)

 ……殺されるのだ。兄様に。

 死んでしまうのだ。自分は。

 思い残したこと。やり残したこと。そんなことがたくさんある。いっぱいお菓子が食べたかった。世界! 食い倒れツアーってモノに憧れも抱いていた。

 魔術師として、生きてみたかった。もっとみんなと仲良くしたかった……。

 

 

 ……それで、いいのだろうか?

 

 

(そうだ。このまま殺されて良いはずがない)

 クリスは手をジョイルの方へと向け、全力の魔力を込める。クリスの……人としての許容を超えた力が手を切り裂き、指からは血が花のように舞い落ちる。

 力を放った

 今から防御したところで生き残れない。ならば、……攻撃だ。

 それに気づいたジョイルもまた急ぎ魔術を開放する。二つの力はぶつかり合い、はじけた。未完成の内であったのと、やはり本人が未修得の魔術であったからだろうか?

 けれど、拡散したとはいえ強大な力はクリスへと向かい、全身を吹き飛ばした。

 体が地面に削られ、全身からは血がにじみだした。

 満身創痍も良いところであるが、その目にだけは力が宿っていた。

 

「兄様! 僕、決心しました! というか気づきました!!」

「ほう、何にだ?」

「古い言葉ですが、“住めば都”って言葉があるんですよ。

意味は悪いとこでも住んでいるうちに愛着を持っちゃっていいとこだなーって思うってことですけど。

兄様は王としての生きる道しかないとか、お前とは違うとか言いますけどねっ! そんなのやってみないとわからないじゃないですかっ!

僕、戦います。で、勝ちます。そしてぇ! 兄様、あなたを更生させていただきます!!」

 クリスはびしっと指さした。ジョイルは一瞬、何を言われたかわからなかったようだが、次第に表情に笑いを浮かべる。

 その顔が嬉しそうだと、そう感じるのは自分勝手な思いなのだろうか?

「いいだろう。やってみるがいい。お前は俺が王になる、王で居つづけるための試練だ。その程度は覇気が無くては意味がない」

 ジョイルは魔術を唱えるのではなく、剣を向けた。……これから行うは自身をかけた戦い。己のすべてを込めた心と心のぶつかり合い。

「負けませんっ……!」

 クリスもまた、短剣を構え、隙をうかがう。神竜の魔力は先ほどの力のせいでずいぶんと飛んでしまった。それが再び集まりだすにはしばし時間が掛かるだろう。

 となれば、残った少ない魔力は戦闘の補助と隙を作るために使わねばならない……。

 

「俺は、王になる!」

 先に動いたのはジョイルだった。先ほどまでうっすらと翠に光っていた剣はすでにただの銀色へと変わっていた。あちらもまた魔力がつきかけているということだろう。

 王宮仕込みの鋭い剣をまともに受けるわけには行かず、短刀を武器ではなく防具として使い防ぐ。

 金属のぶつかり合う嫌な音。

 何度も鳴り、何度も鳴り、何度も鳴る。

 防ぎ、攻め、防いだ。

 技量で言えば優秀な師に恵まれたクリスに分が上がり、総合的な体力では年の上であるジョイルに分が上がった。

 決定的な傷だけは負っていないものの、小さな傷が剣を合わせるたびにクリスに刻まれてゆく。まだ幼く、やわらかくすらあるその腕や足が鮮血に染まる。

「くっ、このままじゃ……」

 距離をとるためにクリスは後ろへ下がるも足をもつれさせ、倒れた。

「あっ……」

 その隙をジョイルは見逃さない、はずなのだがジョイルもまた後ろに下がり、魔術を唱え始めた。

「動きは自然そのものだが……何か狙っていたな? あのまま切りかかっていれば俺が負けたはず。違うか?」

 

(見破られたっ!?)

 急ぎ、立ち上がり回避行動へ移らなければ……。そう思い立ち上がろうとしたが、途中で足から力が消え、ぺたりと座り込んだ。

 どうやら演技のつもりのそれで本当に足を痛めたようだ。

「さよならだ! ……別に、俺はお前は嫌いじゃなかったぞ……」

 碧の直径五メートルくらいの光球が打ち出され、クリスへ向かって飛んでくる。クリスは懐から何かを取り出すとそれを構えた。

「……精神集中。標準セット……そしてぇ! 打つ!!」

 風船の破裂音を何倍にもしたような音とともに何かが飛び出し、光球へと吸い込まれていった。何かが光に触れた瞬間に霧散し、消え去った。

 何が起こったかの理解が追いつかないジョイルと違い、クリスは冷静だった。

 狙いを定め、もう一度銃を撃つ。

「がっ!? なんだ、これは?」

 ジョイルは右手で左腕を押さえる。そこからは赤い血による染みがじわじわと広がっている。

 クリスの動作に我を取り戻し、ジョイルは魔術による障壁を張るも、弾はそれすら越え、肉を貫いた。

「……オリハルコン製の銃で、ミスリルの弾を使用しています」

 オリハルコンは精霊金、ミスリルは精霊銀と呼ばれるがそれにふさわしい効果を持っている。オリハルコンは世界最大の高度。ミスリルは付加する魔術属性による性質の変化がその力だ。

 弾として使われたそれにあったのは、魔術の無効化。

 クリスは右手で銃を構えたまま、左手で目まで垂れ落ちてきた血を払う。目をパッチリとさせ、力強く、胸を張り言った。

 

「僕の勝ちですっ――!」

 
 
 

 

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