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◆白夜◆

三十四





 

 

 体はのしかかられていて動かず、手もまた押さえつけられていた。

 男は大きな斧を振り上げ、俺の手に落とす。

 かなりの重量を持ったそれは恐ろしいほどの風を切る音とともに振り下ろされ、肉を断ち切った。腕が切られた。

 

 はずだった。

 

「……むお、兄弟。やはりだな……。斧が切るそばから再生されているから腕はついたままだ」

「トロールよりすさまじい再生力だなあ……どうしよう?」

「弱音を吐くな! 何とかなるっ!」

 

「な、ぜ?」

 俺は顔をひねり、彼らに問いかける。何故、俺の手は斬れない? いや、斬れてほしいんじゃないけど。ついててほしいけど。神様ありがとう。

 じゃなくて。

 はっきり言って俺は普通の人間だ。ちょいとばっかし学校じゃ成績は良かったが、世間に出てみりゃ大海知らぬなんとやら。ただの一般人もいいとこって感じだった。

 だから、斧を手に受けても切れないなんてないし、怪我しないなんてのもありえない。

「あの王子、おとなしい顔しといてなかなかやるな」

「どういう意味だ、兄貴!?」

「ふうむ。なかなか珍しい魔術がかかってる。

この魔術は強力な自己回復効果のわりには消費が低く、すばらしくはあるのだが、弱点がある。魔術の消滅だ。

魔道士にこれを使うと怪我を負うたびに自身の魔力を削ることになる。歴史に残るような魔道士であっても四回ほど殺されると一般の魔道士くらいの弱さまで弱体化してしまうという魔術だ。主に敵にかけて弱らせるものだな」

「で、でも兄貴、こいつ弱ってないよ!?」

「む。だが、魔道士でなく、というか魔術が使えないのに、魔力の許容量が多いものだけは何故かこの魔術のマイナスを受けずに使えるらしい……」

「じゃ、だめじゃん! 倒せないよ!!」

 

 ……てな感じが現状だ。クリス王子を見送った後、やっつけて追うぜ! などと意気込んだはいいが、俺なんぞでは相手にならんかったというか正直二対一って酷いよねって感じでいたぶられていたのだが、次第に異変に気づいたわけだ。

 すなわち、何故か傷を負わない、ということ。

 斬っても斬っても倒れず、死なず。大の男二人が隅によって化け物だの吸血鬼だのとこそこそ話す様はとりあえずショックだったがそれはさておき。

 彼らは作戦を変え、とりあえず謎を解明しよう。じゃあ押さえよう。よし、試しにじっくり見つつ斬ってみようなどということになったわけだ。

 む〜ん。クリス。助かった。危ない術のようだが俺はノーリスクハイリターンなわけだな。効果が続く限り怪我しない。死なない。なんてすごい術なのだろうか。

 ほっと安堵するも、長身の兄らしい男のにやりとした笑みを見て背筋が凍る。や、やな予感が。

「いやいや。そこにもまた欠点があってな。つまり、魔術の使えん人間なぞ大体の場合取るに足らんってことだ。……縛ってその辺に転がしておこう」

 ぴーんち!! ああ、人を呪えば穴二つ。マイケルダンディー縛れば俺もまた縛られると。

「嫌だ!」

 俺はたひすらに、そりゃもう全身全霊すべてを持って抵抗した。

 そしたら、なんとかまあ拘束をはずせ、九死に一生を得た。……と言うにはまだ早いんだけどな。

 だってほら、笑ってるし。二人とも笑ってるし。あれだね。アハハ。うさぎちゃ〜ん、逃げないでよ。いやいや。逃げてもいいさ、今捕まえるからね〜って。

 うふふ。オブラートで素敵。

「むう。逃げられないし。退けないし。倒せないし」

 わりと絶体絶命の危機だった。

 でも、こんな場合、正義の味方(というか俺の味方)が来てくれるもんだろう? 期待されるのは主にサラあたりだけど。だってほら、兄的に妹よりはっていうか。

 お兄ちゃん的プライドってーのは存在するからな。保護者の意地、みたいなのが。

 だから助っ人が妹じゃなくて良かった。

 問題は、助っ人が正義の味方じゃ無かったってことだ。

 

 目の前の男は悪魔だった。

 これは例えであって悪魔そのものだっていっているわけじゃない。まるで悪魔だ……という意味だ。

 あのあと、追いかけっこが始まった。

 俺は逃れるために剣を振り、向こうは捕えるために斧を振るう。次第に俺は追い詰められ、腕を捕まえられたあたりだった。

 当たり一帯に強烈な寒気と震えが走り、その中心部に一人の長躯の男が現れた。

 その場にいる全員が凍りつく。

『なんだ、あれは……』

 それが俺たち全員の共通した感想だった。

 その髪は銀よりも美しく、纏う空気は氷山のように冷たく、鋭い。恐ろしいほどの威圧感は意味も無く土下座してしまいそうなほどだ。

 他の二人もまた同じようで膝を震わし、顔からと言わず全身から大量の汗が流れ出ていた。

「ひれふせ」

 俺はサラほど美しい人間には会ったことなかった。だが、俺の目の前にいるのは彼女以上の美貌の持ち主。だがその表情、顔、体……すべてに人間味は存在せず、ただ、そう彼に相応しいのは神と言う表現。

 そう、人は神を前にして立ち続けることが出来ない。

「体がっ!?」

 言葉一つで、多大な圧力が掛かり、……いや、体が勝手に彼の前にひれふした。なんなんだ、こいつは!?

「さて、感謝するがいい。お前は人を超え、魔となるのだから」

「む、お。貴様、何者だ……?」

 その問いには答えず、男は手を掲げるように持ち上げると細かな光の粒子が出現し、剣をかたちどってゆく。

 光により形成された、しかし漆黒の剣。それを構え兄貴と呼ばれていたほうを躊躇無く突き刺す。

「ぐ、があああ!?」

「兄貴〜!!」

 太った、弟のほうが兄貴のほうに駆け寄り、それから男へと襲い掛かる。斧を振り上げ――逆に切り倒された。

「デブは好かん」

 弟の体は数秒だけ立ち続けたものの、ふらりと揺れ、後ろに倒れた。何様だ、こいつっ!

 怒りで体が満ちるも体はやはり動かない。

 次第に高まる絶叫と強烈な威圧感が次第に俺の体から意識を奪い始める。

「我が名は、ルシフェル=アークリア。親しきものはルーと呼ぶ。我が名、姿を忘れるなよ」

 俺が最後に見たのは鱗のある偽竜のような腕を生やした人らしきものと、それを冷ややかな目で見つめるルーだった。

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