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◆白夜◆ |
第三十七話 〜1〜 |
手を握る。しっかりと思いを込めて。 まぶたをゆっくり閉じる。 聴覚以外の感覚を閉鎖し、音と言う存在にのみその門を開く。呼ばれ続ける名前。合と不合。 「マタシア=リゼル……64。不合格。マティア=レムレス……」 ついに、来た。来た。 午前中の実技に関しては、満点だ。それ以外の点はありえない。だから、五十点。 残り、二十。精一杯、精一杯やってきた。 シルスの授業だって受けてきた。睡眠欲だって……召喚獣に無理やり吸わせた。 一日に平均一時間の睡眠でこの日までやってきた。 今までこれほど、努力したことはなかった。 だから、成果がほしい。証がほしい。 (第一、落ちたら住むところないしっ!) 「97。合格……」 ……合格っ! 合格だっ! しかも九十七! すごい! 予想以上だ! 三点分しか間違ってなかったのか! そのまま名が呼ばれ続け、ルカの番が来た。 「ルカ……100点。合格」 百点。……すごいがほんとのところ、すごいというよりも本気を出したのか……といったところだ。今までクラスメイトに一切見せてこなかった真の実力。 それを彼女は周りに見せ付けたということだ。 周りには崩れ落ち、涙を流すもの。喜びに身を震わせるものなどたくさんの人間に溢れていた。だから目的の人物を探すことは困難だった。 けれど、こちらが見つけるより早く向こうの方に見つけられた。 何者かが背中に飛びついてきたのだ。 「やっほう、マティア。おめでとう。劣等生の汚名は返上だね。これが王子への愛かな?」 「嬉しいです。すごく嬉しいです」 「うんうん。よしよし、よくやったよくやった。……で、ところで君は結局どうするのかな?」 「どうするって?」 「実はこのあとボクら首席、第二位の生徒は宮廷で王から祝福をいただくんだけど。第二位の参加は任意ではあるけれど、参加するのが普通だし、断りはしないよね?」 「あ、はい」 ルカは発表を終えた宮廷召喚士に何かを話す。小さな馬のような模様の入った手紙を二枚もって戻ってきた。 「はい。これ、忘れないでね。一応の招待券も入ってるから。と言っても多分顔パスが効くと思うけどね。さて。式は明日だ。準備しておきなよ」 努力の末にあった結果。頭がぼうっとした。体は勝手にいつもの井戸へと向かった。 小さな友達に合格の報告をしたかった。 井戸へいく。けれどいつもならば元気良く、『ようまてぃあ。やっときたか。合格したかっ!?』 と聞きに来ているのに。 「……トイレ、かな」 よくわからないけど、シルスはいない。枯れ尽きた井戸を背もたれに空を見上げた。雲がゆうゆうと流れる。今までずっと張り詰めたものが切れて……眠りに落ちた。 夢を見た。 懐かしい夢を見た。 それは救いの夢だった。地獄からの救いだった。 体に幾度となく刻まれる封魔の刻印。注入される薬物。口から際限なくたれ落ちる涎。だんだんと周りが狂ってゆき、わめき叫ぶ。 狂歌は小さな世界に蔓延し、少女もまた狂って行く。 視界がぼやりぼやりと揺れた。すでになぜとも思わなかった。 売られると言うのはこういうことだったのだろうと思った。 ただし、想像とは違う事態だったけれど。 (どうだって、かわらない) どこかのまともな部分がそう言った。そう。ここからは抜け出せない。手足は鎖につながれ、体中にはありとあらゆる種の刻印が刻まれてる。 そんな人間に満たされている。男。女。子供。 何故か男が多く、その人相は悪い。何故か子供が多く、そこには罪は見受けられない。 近づいてくる足音。 主は、赤い目の主は何故か少女の拘束を外し、外へと連れ出した。どこぞの山奥までつれて行き、体から一年をかけて薬を抜いた。 元々さほど有害ではないものらしく、筋肉も戻り、一人で暮らせるようになると主は金を置いてどこかへ行った。 あの牢獄を出てからは主は顔を隠していたからどんな相手かは今でもわからない。あの場所では素顔を見ていたはずだけれど、その顔はもう揺らいでしまっている。 でも、でもどこかあの紅い、ルビーのような目を持った少女、ルカに似ているように思えてならない。 あの人が教えてくれたことはただひとつ。『宮廷魔道士』ということだけ。 その瞬間から、私は夢を持った。 「マティア=レムレス?」 「そうです。王子。あと、ルカちゃんですね」 「ちゃんづけか?」 「はい。最年少首席合格らしいですよ。期待ですね」 「あ、いや、それよりマティアって子だけど」 「写真はありますよ」 書斎にまで押しかけてきた臣下。一体何のようだといぶしがってみれば、なんだ。宮廷魔道士か。そういえばあの少女も目指していると言っていたな、なんて思い出して。 で、明日ただ単に『これから努力しろよ。王に忠誠を誓えよ』と言ったたいしたことのない内容を大げさにやるものだから「ああ、また面倒な行事か」位にしか思っていなかったけれど。 「へえ。宮廷魔道士は難関なのに……」 「そうですね。今年は美しい方々のようで。王子もこういう才ある妾を取らねばいけませんね」 「妾ね」 「正妻は水の方から取ることになるでしょうが……」 つまらない、システムだ。雷竜王国は牽制と懐柔の国。魔道と機械の境界線。ゆえに、不可侵であり続けるため、水・火・水・火と順に正妃を取ることになっている。 そう、協調のために。 王として生まれたのだから、そういう運命に別にどうと言う感情は持っていない。けれどもやはり人に言われれば腹が立つものだ。 「彼女は知人だ。友達だよ。君が思っているような感情は僕は抱いていない」 はあ、そんな曖昧な返事を返し、臣下は部屋を出て行った。 王になるがゆえに、力と権利と……義務を持つ。 結婚は、義務だ。 そう思うと憂鬱でしょうがないのもまた事実だった。 ユーリアス=ヴェルトバルト=アルフィス王子。雷の元に生まれつつも風の王子のようにどこかのんびりとしつつも、やはり聡明だと称えられている王子。 かと言え、彼はまだ子供でなく大人でないもの。 その心は微妙に万物に対し揺れ動くのであった……。 |
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