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色・戒(Lust Caution) 
★★★★☆


2007年秋にアメリカ、台湾で公開された李安(アン・リー)監督の映画。日本では2008年2月に公開されています。
第二次世界大戦中、日本軍の事実上の占領下であった香港と上海を舞台に、いわゆる日本軍の傀儡政府である汪兆銘政権下、一人の抗日組織の弾圧を任務とする特務機関員の暗殺計画をめぐり、暗殺を目論む女性工作員と暗殺対象となった男との間に芽生えた愛情の行方を描いた物語です。
原作は張愛玲の小説「傾城之恋」に収められた短編小説「色・戒」で、激しい性描写が話題となったことで記憶されている方も多いかと思います。このため、アメリカではNC-17指定、日本ではR-18指定、大陸では7分間短縮されたバージョンで公開されました。私的には「性描写」も傀儡政権下で働く特務機関員の内面の渇きを表現するに充分必要不可欠なものと感じられましたけど…。
さらに日本人として深く考えさせられたのは、映画に登場する女スパイのモデルが、父親を中国人に母親を日本人に持つ実在の女性、鄭蘋茹(zheng ping ru)だとも言われていることです。中国語を学ぶ者として、中国や台湾、アジアの中で過去に何があったか、また、それぞれの社会でそれがどのように認識されているか知ることもコミュニケーションをとる上で大切かもしれません。
なお、本作品は第64回ヴェネツィア国際映画祭で、金獅子賞金オゼッラ賞(撮影賞)を受賞。

ストーリーは
1938年、日本が中国に進攻し、上海が炎上する直前の動乱期。日中戦争の激化によって混乱する中国本土から香港に逃れていた湯唯(tang wei)演ずるところの女子大学生、(wang)は、王力宏(wang li hong)扮する学友の(kuang)の勧誘で抗日運動を目指す学生劇団に入団します。やがて学生たちは抗日地下工作員として活動するようになります。も抗日を決意し、暗殺の機を窺うため梁朝偉(liao chaowei=トニー・レオン)扮する特務機関のトップ(yi)を誘惑し暗殺しようと企てますが、学生たちの工作員としての未熟さと、またが突然上海に帰ったことで計画は流れてしまいました。

3年後、日中戦争開戦から5年目の1942年、上海の国民党抗日組織は上海に戻っていたに目をつけ、彼女を再びの暗殺計画の工作員として抜擢します。そして、と再会、彼女は身体を張って、つまり性的な勧誘でに近づき、深い関係を持ってしまう…。の愛人になることに成功しを暗殺するために、度々激しい性愛を交わす…。特務機関員という孤独の苦悩を抱える男にいつしか魅かれる彼女。工作員として命がけの使命を持ちながら、敵対する男に心を寄せてしまった彼女…。
愛国心から、日本への協力者を暗殺しようとする若者たちの、悲劇的な結末を描いています。


湯唯の濡れ場の体当たり演技が見モノではありますが、それがしっかりと心理に裏打ちされているので、切実ではあってもポルノではありません。暴力的であったセックスが、やがて男にとっても女にとっても心を許すものになっていく…。身体は心を動かします。それが悲劇の引き金になります…。
でも、この辺のの梁朝偉(liao chaowei=トニー・レオン)の表情の変化がすごくセクシーです中国にはいい男がいるなぁと、ため息しきり…(笑)。


なお余談ですが、原作、張愛玲の「色・戒」の主人公、にはモデルがいたと言われています。のモデルは実在の女性工作員、鄭蘋茹のモデルは丁黙邨だといわれ、実際に1939年女性工作員による暗殺未遂事件が起きています。
鄭蘋茹は、日中の混血児で、父親は鄭英伯、母親は木村花子(中国定住後は鄭花君と改名)。父親は日本の法政大学留学中に革命運動に参加、辛亥革命後に復旦大学教授になりますが、上海陥落後は重慶国民党中央組織部調査科中統)責任者の片腕として地下抗日活動に従事していました。日本人の母親も日本亡命中の孫文の講演に感銘を受け革命活動に参加したような人物。鄭蘋茹は19歳ですでに中統の指示の下、流暢な日本語美しい容姿、そして巧みな社交術で、汪兆銘政権の特権社交界に潜り込み情報収集活動をしていたといわれています。
一方の丁黙邨は、国民党特務出身で汪政権の特務機関の主任として抗日活動や反政府運動、さらには中国共産党の弾圧まで手掛ける、大いに恐れられていた存在でした。彼を暗殺するために美人計が計画され、選ばれたのが鄭蘋茹。そして計画通り丁黙邨鄭蘋茹にのめり込む…。
1939年12月21日、鄭蘋茹は組織との打ち合わせ通り、丁黙邨を毛皮を買ってくれるようねだり毛皮店に誘い込みました。しかしここで、丁黙邨は周囲の気配に危険を察知して店を飛び出し、通りに待たせてあった防弾仕様の車に乗って逃げてしまいます。鄭蘋茹は失敗を諦めきれず丁黙邨に会いに行き捕らえられ、投獄、厳しい尋問を受けます。彼は彼女を殺す命令に躊躇していましたが、彼の妻が部下に命じて銃殺させることになりました。

また、映画化した李安監督は「この作品は張愛玲自身を題材にしている」とも語っています。
張愛玲自身、汪兆銘政権で宣伝部常務副部長や法制局長を歴任した胡蘭成(作家・思想家)と1944年に結婚し1947年に離婚していたからです。彼女が香港で大学時代を過ごし香港陥落で上海へ戻るのも、とダブります。当時の政権幹部夫人の暮らしぶりは易夫人や馬夫人像に反映されています。日本の傀儡である汪兆銘政権下の危うさは、夫を通じて身近で感じていたはずです。易夫人同様、彼女も信頼していた夫に裏切られて離婚に至りました。この作品には、実体験から得た血のにじむような張りつめた空気が漂っています。

監督:
脚本:

主演;
    

李安
王蕙玲

梁朝偉
湯唯
王力宏 etc.