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端午節には、粽(ちまき)を食べて菖蒲の葉を飾ります。



粽子


粽子是端午节的节日食品,古称“角黍”,传说是为祭投江的屈原而发明的,是中国历史上迄今为止文化积淀最深厚的传统食品。其由来已久,花样繁多。一直到今天,每年五月初,中国百姓家家都要浸糯米、洗粽叶、包粽子,其花色品种更为繁多。从馅料看,北方多包小枣的北京枣粽;南方则有豆沙、鲜肉、火腿、蛋黄等多种馅料。吃粽子的风俗,千百年来,在中国盛行不衰,而且流传到朝鲜、日本及东南亚诸国。

粽(ちまき)は端午節の食べ物ですが、かつては“角黍=jueshu’と呼ばれており、伝説では愛国詩人かの屈原の入水自殺を悼んで作られたものだといわれています。しかし長い歴史を経る中で、多種多様に変化。今日では農暦5月1日になると中国の家々で、もち米を水に漬け、包む葉を洗ってそれぞれの地方独特の粽を作ります。ちなみに北方では餡に棗(なつめ)を、南方では小豆や肉、ハム、卵の黄身餡を使ったりしています。粽を食べる慣習は千百年の時を経ても衰えることなく、さらに朝鮮半島、日本、アジア諸国まで伝わりました。)
日本でも端午節(duan wu jie)は5月5日、男子の健やかな成長を祝う節句で現在では国民の祝日「こどもの日」にもなっています。その源が中国の端午節にあります。
中国の端午節も5月5日。ただし、農暦。さらに「こどもの日」に当たる儿童节は西暦の6月1日です。

そもそも端午節の“”は、“初め”という意味です。5日は月の初めから数えて5番目という意味で“端五”、さらに夏朝時代に十二干支で月を数え5月を“(wu)”の月と呼んでいたので、“(wu)”と“(wu)”の音が同じことから“端午”といわれるようになりました。
端午節には春秋戦国時代から2000年以上の歴史があり、現在では国の定める祝日にもなっています。


端午節に、なぜ粽(ちまき)を食べるようになったの?
中国で端午節を祝うようになった由来については諸説ありますが、ポピュラーに語り継がれているのが、祖国の国がに滅ぼされるのを悲嘆した愛国詩人、屈原汨罗江(mi luo jiang)に身を投げた日が5月5日で、以来人望の深かった彼を惜しんだ人民がこの日を記念日として供養したという説です。

屈原の公室系の宗族(広義の王族)の一人で政府の高官。家柄に加えて詩文にも非常に優れ、懐王の信任も非常に厚かったようです。しかし当時のは西の(後に始皇帝により中国全土統一)にいかに対処するかが懸案で、と同盟することで安泰を得ようとする親秦派と、東のと同盟する事でに対抗しようとする親斉派が対立していました。屈原は親斉派の筆頭でした。
屈原の政治能力は当時のでは群を抜いていましたが、非常に剛直な性格故に同僚から嫉まれ讒言を受け、次第に王も彼を遠ざけるようになっていきます。王の心が親秦派に傾く中でも、屈原は我が身の死をも顧みず「は信用ならない」と必死で箴言しますが、受け入れられません。
心配した通り、懐王の謀略に掛かりに幽閉され、3年後には客死してしまいます。その後、では頃襄王が立ちましたが、屈原は政界から追われ、江南に左遷されてしまいました。その途、の都を陥落したことを知った屈原は、楚の将来に絶望し、石を抱いて汨罗江に入水自殺しました。
後に屈原の無念を鎮めるため、また、亡骸を魚が食わないように魚の餌にと、人民が笹の葉にくるんだ米の飯を川に投げ込むようになったと言われ、これが端午節に食べる(ちまき)の由来とされています。

また、端午節に行われる伝統的な競艇競技、龙舟(long zhou)、ドラゴンボートですが、これもまた入水した屈原を救出しようと人民が先を争って舟を出したという故事に由来していると伝えられています。

屈原端午節の他にも、後世に偉大な遺産を残しました。詩人として、その代表作「離騒」は中国古代文学史上もっとも長いロマン溢れる政治的抒情詩です。歴史上の物語を引用し、王が伝説中の明君のように、内務では賢明で公正かつ徳政を行い、対外的には他国と手を結んでに抵抗することを望む気持ちを表現しているものです。中国初の詩歌集「詩経」の表現形式を打ち破り、詩歌の表現力を豊かにし、中国古代詩の新たな1ページを開いたのも、この屈原でした。


菖蒲の葉は、邪気を払う宝剣です。
日本でも端午の節句には菖蒲湯につかる習慣がありますが、これも中国から伝わったもの。農暦の5月ともなると気温も上昇し、植物が花や緑を茂らせるとともに、さまざまな動物たちの活動も活発化します。
古来中国の民間信仰では、5月を“毒月”とも呼んできました。ちょうど五毒(蜈蚣壁虎蟾蜍)が地上に姿を現す季節だからです。また、暖かくなれば食中毒をはじめ衛生面でも疫病が発生しやすくなります。そこで、この五毒が代表するところの厄病や不幸の鬼を追い払う魔力があるといわれる宝剣に姿の似た菖蒲の葉を、軒先や室内に飾って厄払いをする風習が根付いてきました。地方ごとに特色があるようで、菖蒲の葉で虎や人間の形を作って飾る地方もあります。

また、この鬼を避けるため昔の農村では、嫁いで間もない若い嫁たちを“躲端午(duoi duan wu)”といって5月5日に実家に里帰りさせる風習もあったそうです。