文  化 東京港区 中国語サークル 北京倶楽部

岁寒三友(sui han san you)、松竹梅。
艱難辛苦に耐え抜く、生き抜く崇高さの象徴。



岁寒三友


陶行知(1891.10.18--1946.7.25)

万松岭上松,鼓荡天风,
震动昆仑第一峰。
千军万马波涛怒;海出山中。
竹绿梅花红,转战西东,
争取最后五分钟,百草千花休闲笑,
且待三冬。

(上述は辛亥革命から中華民国、中華人民共和国建国前夜にかけて活躍した中国愛国者にして教育家、陶行知の詩です。「万松嶺の松、天風に揺さ振られ、崑崙の第一峰を轟かす。千万の軍馬、波涛のごとく怒り、海出で出馬す。竹翠にして梅の花くれない、東西転戦し最後五分を争う。百草千花微笑むこと休むこと、しばらく冬の三月を待たれよ」
建国間近かの春待つ苦難の時を詠った詩のようです。)

結婚式や正月など祝い事に多用される松竹梅ですが、日本独自の伝統的な目出度さを象徴するものかと思いきや、中国から伝わった文化の一つでした。

松竹梅は、寒い冬に凛と緑を湛え、花開くことから…。
松竹梅というと、日本では目出度いことの象徴のようになっていますが、岁寒三友(日本語では歳寒三友)=松竹梅のこと、はもともとは宋代より始まった中国の文人画で好まれた画題の一つでした。
他の樹木が葉をすっかり落とし花枯れの厳寒の冬の間でも、松と竹は緑を絶やさず寒さに耐え、梅は寒さに向かって花開くことから、寒い冬の三つの朋友という意味で、艱難辛苦に打ち克つ「清廉潔白」「孤高な品格「節操」を象徴する、文人たちの理想を表現する画題として好まれてきました。風雪や厳寒に耐えながら一年中緑を保つ松の持久力、屈することなたおやかに伸びる竹の成長力、春、百花に魁けて花を開き、ふくよかに香る梅の生命力に捧げる賛辞です。さらにはいかなる困難にも耐え忍ぶ志操堅固な人の譬えにもなりました。
松竹梅一緒に描かれることも多いですが、単体でも好んで描かれています。また明代、清代になると陶磁器の絵柄としても多用されています。

日本に伝わったのも結構古いですよ。宋代といえば日本では源氏物語が書かれた平安時代。この頃には日本に伝わっており、貴族たちの間では愛でられていたようです。でも平安時代に尊ばれたのは主に「松」。常緑の松は不老長寿の吉祥を象徴するものとして愛でられました。同じように「竹」が好まれるようになったのは室町時代、さらに「梅」を含めて民間に流行するようになったのは、町民文化が花開いた江戸時代です。日本の「松竹梅」は吉祥の象徴と考えられていますが、本来の中国の認識とは少し異なりますが(笑)。

岁寒三友の語源は「論語」。
岁寒(歳寒)は、論語の「子曰、歳寒然後知松柏之後凋也(歳寒くして然るにのち、松柏の凋むに後れることを知る)=厳寒の冬でも松の樹は葉を落とすことがないことを知る」から生まれたものです。
三友も、やはり論語の「益者三友(交わって益のある三友)」から生まれた言葉です。
ということは、つまり歳寒三友とは厳しい時の三人の友を指し、三番目の友が「直なる友」=「物くれる友」、二番目の友が「諒なる友」=「義侠心の強い友」で、困った時に自分のことのように親身になって相談に乗りかつ動いてくれる友のことを言います。そして中でも一番大切な友は「多聞の友」=「知識が豊かで冷静に判断をしてくれる友」、「原理原則を教えてくれる友」ということになります。