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◆白夜◆

二十一




〜2〜

 

 

 古臭い、書物特有のにおいが漂う。シモンはどちらかといえば書物に学ぶより実際見聞きして覚えるほうが好きであるから、余りこのにおいが好きではない。

 正直に言えばただ単に本が好きじゃないだけだが。

 

 あのあと、ロザリアは大雑把にだけ説明をしてくれた。元々水竜王国は女しか生まれないということ。それでありながら『男しか生まれない』といわれているのにはわけがあり、 その訳のせいで自分はこうしているのだと。

「……しゃべったら楽になった。私は、ホントの私はこんなもんなんだ。王の義務を果たせるほど、強くない。けど、不思議だね。あんたにはなんでか心許せる気がする」

「そう、ですか。なんででしょうねー。不思議ですね」

 ……なにを、言っているのだろう。こんなとき、あいつだったらなんていう? あの能天気で、どうしようもないほどにバカな王子なら。

 誰にでも好かれ、誰もが安心して翼を休ませられる鳥の巣のようなやつ。自分にはない。ただの薬師。心までは癒せない。魔術だって、体術だって、知識だって王族たちには見劣りする。

「城に来てくれないか? ……私は、その、クリス、君が気に入ったんだ。良かったら私の話を聞いてくれないか……な?」

 すがるように見る彼女。鋭かった目も、こうしてみればかわいく見えるかもしれない。シモンは自分のことをお人よしだと自覚している。そうでなければ王子の代わりなどできない。

 自分のその性質が彼女をほおって置くなといっている。例え、その結果多少心痛もうと。

 こちらが彼女の秘密を知ったからといってこっちの秘密を暴露していいというものではない。王位後継者が変わるかも知れないと。そのために代わりを使っている、そんな事実が知れれば。

 ……そんなに問題なのかなあ? クリスが王になったとしても喜ぶ奴こそいてもどうこうって奴は少数だと思うのだが。まあ、クリスを王にするため暗躍する輩が増えれば気苦労が増えるというものだ。ばれないうちは演技を続ける心積もりであった。

 

 まあ、そんなわけで、クリスは彼の住む水竜王国へと行った。といっても転送装置を利用しているので移動に時間はほとんど掛かっていない。

 城からほんの数十分の彼女の屋敷までの距離くらいだろうか? クリスとシモンは城に住んでいるがロザリアは城に住んでいないらしい。

 そういえば、クリスの兄のジョイルも屋敷を持っていたか。

「少し時間が掛かるからここで暇をつぶしてほしい」

 そういってここを出て行った。風竜にはない薬学や医療魔術の本もあったのでそれに目を通す。

「ルヴス……」

 医療魔術のページにひっそりと載っていた単語。この単語を聞くたびに母親のことを思い出す。やさしく、聡明であった母。小さいとはいえ、貴族の出で、その割には庶民的なものばかりを好んでた。あの頃はすべてがなぜ? で埋め尽くされていた。今もなお、頭の片隅にその疑問はある。

 (なぜ、お母さんは禁忌の薬を売り歩いたのか?)

 調べれば調べるほどに謎だった。

 どうあがいても、腕がいいだけではこの薬の原材料にすら手を届かせることはできそうになかったから。それに、材料の名前だって今のシモンの立場があったから知れただけだ。母では情報だって手に入れるのは難しかったはずだし、材料だって手に入れるならば、王族クラスの権力が――。

「遅くなった」

「あ、いや、そうでもないですよ」

 

 

◆◆◇◆◆

 

 

 シモンは手に持っていた分厚い本を閉じると、それをもとあった場所に戻し、ロザリアのほうに体を向ける。

「何を見ていたんだ?」

「……ルヴスって知ってます?」

「モンスター化した人間のことか? たまに水竜でも出るぞ。俺は見た事ないがな。聖騎士団あたりならそれに詳しいだろうが」

 彼女はどうやら城の中でも男の振りをしているらしい。というより、城の中こそ強く強制されるといっていた。

 シモンはロザリアに誘われるままに彼女の部屋へと行った。そこにはカップに紅茶を注ぐ一人のメイドがいた。

「ユリア。二人分のおかし用意しといて」

 ユリアという名の女性は部屋を出て行く。

 シモンはロザリアの話を紅茶を飲みながら聞いていた。

 水竜とは元々女しか生まれないこと。水竜の後継と共に行われる儀式により、その性別を女から男へと変えること。その目的は魔道の王としての力を得るためである……と。

 

 そして、ロザリアはそれを受け入れたくないと思っていること。

「別に、クリスに何かをしてほしいんじゃないんだ。ただ、私が女であることを知ってほしかった。勝手な話しだけど」

 だんだんと弱弱しくなる彼女を見て思う。

 なんとかしたい。

 でもそれは、とても偽善だ。彼女は王だ。そして王とは生まれながらにして何万もの人間の命を預かるものだ。そこに必要な儀式であるというのなら、それは逃避不可能なことだ。

 ――そう? 本当に、そう?

 (違う。なぜ王であるからといって自身を偽り続けねばならないのか? それは偽者だ。クリスが王だ! って思ってたら実は私が王だった見たいなものだ。絶対違う!)

 

「協力するよ!」

 ロザリアの手をがしっと掴む。突然の予想してない行動に彼女はビックリしたようだ。目大きく見開いていた。

「何ができるか、何をすればいいのかぜんぜん分からないけど、手伝うよ。何か行動すれば、もしかしたら変わるかもしれないから」

「あっ、や、まぁ、その、ああ」

 突然手を握ったことにビックリしたのか、顔を真っ赤にしてロザリアは頷く。

「はい、ロザリア様」

 いつの間にか戻っていたのか。メイドのユリアはロザリアの前に茶碗を置く。

「……ユリア、何これ」

 茶碗の中に入っていたのはご飯で、なにやら赤い豆のようなものが入っていた。ご飯もちょっと赤い色が付いている。豆の色が移ったのだろうか。

「お赤飯です。ハッピーな出会いに。ええ。お祝い?」

「ゆ・り・あ?」

「じゃ、いらないみたいですし、返してきますね。今日実はメイド仲間のルーちゃんが誕生日で。これ、そのあまりですし」

 そういうと彼女はまたもや部屋を出て行った。

「変わってるね」

「言わなくていいよ……疲れるから」

 さっきの熱意もなんだか小さくなった気がする。でも、手伝いくらいはしたいなあ。

 シモンは風竜王国に戻ったらその儀式について調べるつもりだった。

 

 

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