「……はっ、あ?」

 どさり……。伊月の手から力なく買い物袋が地面に落ちた。あ、卵われたな、と頭の端で冷静に考える自分と、現実を全く受け止められない自分がいる。

 ここは、森だ。
 そして、自分は帰り道の途中にある神社にいたはずだ。明らかにおかしかった。なぜなら周りの木々は一目で樹齢何百年を感じさせる胴の太い木々であり、そんな木の生えている森は少なくとも住んでた町にはないはずだからだ。

 伊月は地元生まれの地元育ちだ。町中の遊べる場所は知り尽くしているし、森は虫の宝庫。庭も良いところだった。ここは、明らかに伊月の庭ではないと肌で感じている。

 その時、狼の遠吠えに似た鳴き声を耳にして伊月はびくりと体を震わせた。

「飲まれるな。空気に飲まれるな。勝負だって何だって冷静な判断を失った方が負けなんだ……考えろ、考えろ、伊月、考えろっ!」

 状況把握に必要なのは現状の確認だ。
 そして普通に考えていきなり森に移動するなんておかしい。ゆえに、何者かの干渉を受けているのだ。具体的に言えば、スタンガンか、薬かなんかで気絶させられ、外国に移動させられたのだ。
 証拠は空を舞う日本ではあり得ない原色的なカラフルさを持った鳥や、日本では目にしないリスや猿などだ。

 そうだ。きっとそうに違いない! そう、訳のわからない状況から、具体的な状況へと伊月の中では変化した。
 けれど、助けを呼ばないと、と取りだした携帯は当たり前のように圏外で、同日、ほぼ同じ時間を指して伊月は狼狽える。もしかしたら携帯を弄られた?


 そう悩んでる伊月の前に大きなトンボが現れる。
 いや、トンボではない。精巧な人形にトンボの羽が生えたような生き物で、言うなればそれは、妖精だった。

「こ、これは、僕は、頭いかれたのか?」
「おい、現地ない人間。この季節アルマイの香りしない。やつらの栄養。出て行く方、賢明」

 女の子が見たら喜びそうな妖精は遠慮の感じられない不遜な口調で喋る。ただ、その言葉に心配するような感情が見えてきて、伊月はほっとするような、逆に現実を突きつけられるような複雑な心境である。

 これは、言葉にしたくはないが、異世界、ということなのだろうか、そうだろうか。やっぱりそうかな。
 否定したい事情はあっても、否定できる要素はない。妖精、周りの動植物、携帯。

 膨大な不安が伊月を襲い、一瞬にして青くなったが、妖精が背中を向けようとしたので伊月は我に返り、引き留めた。

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