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「暑い……」 東京での快適なエアコン生活とはほど遠い。体にねとつく汗。長い黒髪が体に絡まりとてもうっとうしい。 夏の昼間が生む暑苦しさに本を置く。 切ろうか? 短気なことにそう考えてしまう。 暑苦しさを逃れるためだけに切るのはもったいないかぁと思い直す。 黒のイラストTシャツの胸元をばたばたと扇ぐが暑苦しさにはなんの変化も無いようだ。夜は涼しくないでもなかったが、寝起きの暑さはどうしようもなく最悪だった。 来たくなかったな……。 だが、季節の長期休みは必ず帰るという約束ごとがあるのでこうして戻って来た。来たはいいものの、あまりにもの温度に何かをする気になれない。 立ち上がり移動するのすらおっくうで、敷き布団の上に座りながらぐいっ、ぐいっと手を伸ばし、扇風機のスイッチを入れようとする。 しかしあとわずかな距離で足らず、指がボタンに触れることはなかった。 めんどうくさそうに手を引っ込め、布団に寝ころぶ。 ごろり、ごろりと転がるものの、やはり部屋は蒸し暑い。 次第にめんどうくささよりも苛立ちが勝り――かといって動く気にはなれなかったので、開かれたまま寝かされた恋愛小説の本を使って足りない距離を補う。 かちりと言う音と共に熱気を持った、けれど強い風が吹いてくる。 ……ぶうううん。 送られてくる風は体を優しくなで、熱を散らした。だがまだ暑い。先ほどのように胸元を扇風機に覗かせるようにぐっと開けて風の通り道を作る。 風が素肌に触れ、Tシャツを内側から膨らませる。 「おすもーさん」 回転する扇風機に向かってそう言うと声が変な風に変化する。何となく気分が良くなってしまってくすくすと笑う。ああ、実に涼しい。 けれど服を引っ張る手に疲れを感じ、放してしまうとまた暑苦しさが寄ってくるのだった。自分の力での解決をあきらめる。 弟を……弟を、使いにやろう。アイスを買ってきてもらおう。 熱にふやけた頭が出したにしては良い案だった。そう言えば帰ってきたのは昨日なのにあまりじっくり顔を見ていない気もする。 部屋の端に脱ぎ捨てられたジーンズのポケットをまさぐり、財布を引き抜く。ただ運の悪いことに百円にもならぬ小銭ばかりしかなく、あるのはお札だけだった。なぜだと思案し、思い出してみれば重い財布にうんざりしてお菓子をいくつも買い、あまりをなんぼか募金箱へと投げたのだった。 財布より引き抜いて出した千円を見つめているとお駄賃という言葉が脳裏に浮かんでしまい、ビクリと体を震わせる。姉としての威厳を見せるか、暑さと生きるか。 ムムッと悩んでいるとちょうどよく弟が帰ってきたようだ。声が二階のここまで響く。 夏の日差しの中なのにどうしてあんなに元気なのだろうか? 太陽が光を伸ばし、首筋をすっと汗が流れ落ちる。手の甲でもって拭うとぬめりと張り付く。どこぞに拭くものはないだろうかと見渡せば小さな手ぬぐいが畳んでおいてあった。手に取り、甲を拭き、次ぎに首……。 そう運んでから手ぬぐいの会った場所に小さなメモがあることに気づく。そもそもにして自分で用意をしていないのだから誰かが用意してくれたものであることは自明だ。 母か、弟かと計りかねたが、メモの時や、内容から弟であると判断できた。 |
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