*人形キューピッドでふう*
3


 動きだしたエアコンが冷たい風を部屋へと運ぶ。扇風機ほど一気に熱気が冷めると言うことはなかったが、だんだんと部屋の温度が下がって行き、快適さを取り戻していった。
 弟のベッドで寝ころんでいると拭き残していた汗が引いていくのを感じる。ぶるりと震えておきながらも快適さは逃せない。つけっぱなしでのんびりと過ごす。快不快でいうのなら、かなりの快適さであるものの――
「……だるい」
『夏でふからねー』
 不思議な声を聞く。なんというのだろうか。人であるのならばある、響きがない声というか。耳近くで話されているような、けれど、もちろんこの部屋には弟もいないし、変質者もいなさそうだ。声の質自体はテレビで耳にするアニメか、何かそんな感じの声だった。 弟のような年の頃の少年。そんな設定の声。多分そんなだ。
「……MD、つけっぱなしなのかなあ。あいつめ」
 綺麗に片付けられた部屋。床に落ちているものなんて鞄が二つくらいだった。学校のランドセルには入ってないだろうと思い、もう片方の旅行用鞄を探ってみる。
だがそこに入っているのはトランプなんかだけでMDやラジオなどの音の出そうなものはなかった。他に怪しい場所がないでもなかったが、そこになかったとわかった瞬間に原因究明への探求心と面倒くささが天秤に乗せられ――落下するような早さでがちんと決まる。
「……ねむろ」
『高島古都さん。――お姉さん。寝ないでほしーでふーねー』
だが、原因不明の存在はどうやらその決定が不満であるらしかった。耳元で騒がれるような嫌悪感ではなかったが、飛び回るハエのような鬱陶しさがある。
「眠る眠らないは個人の自由」
『話聞いてほしいんでーふー』
 響いてくる声はどこからのものなのか。知りたいような、知りたくないような。だがなんと言っても話が聞いてほしいと訴えていて、無視して眠れそうはなかった。抗議の思いをぐっと声に込める。きっとドスの効いた声になっているに違いない。
「誰よ」
『ここのぬいぐるみでふーう』
 ここと提示されても声からは方向が掴めず、部屋を見回しぬいぐるみを探す。そうして見てみると、机の横、ゴミ箱の後ろに妙に怪しく、何か大きいものにバスケットがかかっているのだった。ちらりとめくってみると案の定。ひょこんとふかふかした毛並みを持っている耳が飛び出ていた。キツネをかわいらしくまるまるとデフォルメした姿のぬいぐるみが出てきた。
「隠してるつもりなのかなあ」
『大事にされているんでふよ』
「う〜ん、それはなさそうなんだけど。で、ご用はなんなわけ?」
『実はお姉さん。お願いがあるんでふー。でふでふ』
 現状は異常だ。ぬいぐるみがしゃべるわけはないのだ。もちろんそれを知らないわけではない。だが、目の前にこうやって現実があるのなら、それを認めるのが筋というものではないだろうか。そうでもないのだろうか。


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