「ようこそ宿屋アロワンナへ!」
ユゼ少年を案内に私は宿へとたどり着く。当座の悩みがなくなった彼には客を案内すると言う使命が残っているのだろう。
ただの道案内にうきうきとした様子で持って歩く。
おかげで道歩く草民たちに視線を当てられているような気がするが、まあ、咎めるほどではなかっただろうと何も言いはしなかった。
「……ああ。とりあえず、それなりの期間をここで過ごそうと思う」
「わかりました。それじゃあここに名前と、とりあえず一泊の料金を……」
差し出された紙に名を記す。レビ……、と。
そこでふと気づいたのであるが、この国の紙幣を持っていない。
「失念していたな。今手持ちがない」
「え、ええ? そ、それじゃあお泊めにはできませんよう……」
「……ふむ。それは困ったな」
「こ、困りましたね……」
とは言うものの、ユゼ少年は助けてもらった恩やせっかくのお客を、などという思いがあるのだろう。真剣に悩んでいるようだ。
花のように弱々しげな白い肌が青くなっているのがわかる。
「あ、レビさんは魔術師なんですから、ギルドに登録して依頼を受けると言うのはどうでしょうか? 信認書や必要書類は僕が用意しますよ?」
「……ギルドか。聞いたことはあるな。しかし信認書? 書類が必要なのか?」
「はい。ギルドは誰でもいいから人材として欲しい、というわけでもないので、登録には街の施設の人間に『この人の人柄は信じれるものだ』という書類を書いてもらう必要があるんです。ホントはギルドにも持ち掛けないような低いレベルのモンスターの退治なんかをお願いしたりして腕を見るんですけど、レビさんは無詠唱で魔術を使えるんですから問題はないと思います」
なるほど。人間には面白いシステムがあるものだ。しかし、
「魔物を殺すのか」
「……あ、魔物、ダメな人ですか? でも別にそれだけ、というわけでもありませんし……」
嫌そうな表情がありありと示されていたのだろう。レビは彼の知る退治ではない依頼の話をしてくれた。であるが、やはりギルドの仕事の華といえば魔物退治のようだ。
今現在すぐに金になるものが必要であるし、長期に渡って宿を借り入れることが出来るようにはしておきたい。
魔王たるものが野宿などとんでもないのだから。
「……殺さずに追い払う、などの依頼はあるのか?」
「ええ。数は少ないですけどあるはずです。殺すの、お嫌ですか?」
「血が嫌いなんだ」
人間たちの国で息抜きをするために同胞を殺すわけには行かないだろう。
この国にもともと住んでいた魔物も数多くいるようだが、どうやら今はなりを潜めているらしく、被害の大半が魔王の手のものだ。
まあ、我らがここに来てまだ年月は浅い。乱入者として調和を崩してしまうのも仕方のないことだ。
「……血が。あはは。そうなんですか。僕も、血は嫌いです。……宿屋の息子なのに、ですけど」
「別にいいじゃないか。私だって魔術師だが魔物は殺さない」
笑ってユゼ少年は奥に消えた。数分ほど、時を刻んだころに彼は私の前に戻った。
「書類は準備しました。ギルドへ行きましょう」
書類を受け取り、眺める。異国の文字に理解はなく、意味を見出すことは出来なかったがその形は流暢にして華麗。字はうまいのだろう。
言語は以前に勇者ご一行を教師に習得したが、そう言えば文字はまだだった。
少年にそこまで世話をさせるのも悪いだろう。
「……ふむ。考えることが数多あるな」
だが、心地よい悩みだ。秤に命を利益を載せるような痛みのある悩みではない。
私はついたばかりの宿を後にした。
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