貴族の屋敷はユゼ少年の宿が五、六は立ちそうなほどに大きなものであった。鐘を鳴らすと使用人が出てきた。
「バルシュアに会いたい。チェトが会いにきたと伝えていただきたい」
ここまでの道程で思い出したバルシュアの魔族としての名だ。私の容貌と知るはずのない自らの真の名を名乗っていれば私だとわかるはずだ。
そうして事実使用人は室内へ聞きに戻り……急いで帰ってきた。
「どうぞ。バルシュア様は奥にいらっしゃいます」
「ああ」
バルシュアは私の姿を見ると大げさに喜びを表現する。
「人払いしてくれ。私はこの方と少々話がある。あの部屋へ行くので誰も近づかないように」
使用人は黙って肯き、どこぞへと消えてゆく。
「ではご案内いたします。我が家には防音の設備整った部屋は一つしかありませんゆえ。多少散らかっておりますが……」
あの部屋とやらの扉前に、先ほどと違う使用人が茶と茶菓子を持って立っていた。
「ご苦労。行ってくれ」
チェトはそれらを受け取ると扉を開ける。
「……バルシュア。その飲み物はなんだ?」
「お茶でございます。そう言えばチェト様は紅茶しかお飲みになりませんでしたな。この国ではティーといえばこれでございます」
「……よくわからん」
私と、次にチェトが中に入り閉まると今まで聞こえてきた生活音が聞こえなくなったのがわかる。
「完全な防音ではありませんが、普通に話をする分には問題はありません」
……そうだな。話をするのには問題はあるまい。だが……。
「……チェト、貴様この部屋は一体なんだ……」
部屋にはたくさんの絵画が所狭しと置かれていた。それはいい。だがその絵画の半数を占める人物画のモデルが……なぜ私なのだ。
「これですか? いえ、軍にいたころに影で売られていた魔王様写真集を人間の絵師に描かせましてな」
「……そうか」
文句がないわけでもないが、絵のすべては人間の女のように見え、魔王のように見える絵は一つもない。
……と、ここまでだけならばよかったのだが、次の言葉は許容を超えていた。
「その絵を貴族に見せたら皆気に入るので小さなカードを作り、売り出したら大儲け。この屋敷もその金で買ったものでございます。大衆にも流行り、今や利権だけで懐が膨れて膨れて……」
……カード? そう呟くと彼はポケットからそれを出し、見せた。……売り出された? これが?
思考が滞り、うまく進まなかったが……思考の上、結論を出す。
「って貴様のせいかっ!!」
魔力で吹き飛ばし、部屋の壁にぶつけるがその辺は魔族である。手加減したこともあったが、無傷できょとんとしている。
だが、だが、それが真実なら……。
街で私のことを皆が見たのは……! 見てたのは……!!
それだけならまだしも、今まで私の顔を見た勇者たちの反応は……。
魔王が人間の女に見えたから、ではなく魔王が自分の持ってるカードの女性だったから、の可能性も……ないわけでもない。
「ぐああああっ!!」
あまりの恥ずかしさにばんばんと床を叩く。なんと言う勘違いだ! その様子をチェトはさらにきょとんと疑問符を浮かべながら、静かに私のことを見ていた……。
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