願うところの叶うところの
〜第八話〜
また(again)


「……というわけだ」
 勘違いに対しては自身に折り合いをつけることに成功したので、もう、悩まん。
 私はチェトに今の経緯を話した。
「お金ならば私がご用意しますが……」
「いや、いらん。いろんなことを楽しみたいと思っているところだからな。それより吸血鬼だ。そもそもなぜ血を吸うのだろうか」

 チェトは自身に生えたひげを撫でながら深く思考を広げているようだった。何か思い付いたのか、撫でる手を止める。

「魔王様。我々生命には必ず微弱だとしても魔力が流れています。人間も然り。そしてその魔力の比率が高いのが血液です。ゆえに出血をすれば魔力が流れていってしまいます。我ら魔族の戦いが血みどろなのもそのためです。その吸血鬼は魔力を求めているのではないでしょうか?」
「なるほどな。それはありそうな話だ」
「まあ、人間には血を見ることで興奮し、喜びを得るという輩もいないわけではないですから、まだ魔物の仕業とは決まってはおりませんが。いるんですよ。魔物のふりをして盗賊のようなことをするものたちは」

 さすがに私よりも人間社会への知識があるだけのことはある。今の今まで魔物だろうと思っていたが、確かに魔物でなく人の可能性もあるのだ。

「ふうむ。すると人の線の方が濃いかもしれんな。魔力が目的だと言うなら見麗しい貴族令嬢だけを襲う理由がない。どこぞに篭った男の魔術師の方が良いだろう」

 だとすると、この依頼はなかなかに難しい。狙われそうな貴族令嬢一人一人に会って襲われたらわかる仕掛けをしてくるべきか。
 なんにしても手間隙がかかりそうだ。

 どうすれば吸血鬼と会うことが出来るかと思案に暮れているとチェトはこう言った。
「嫌ですよ。人間の魔術師なんて年寄りばかりなんですから。量より質でしょう」
 …………その発言の意味は、つまり。

「……また貴様かっ!!」

 同じように魔力でもって吹き飛ばす。ポーズであって攻撃ではないので怪我はない様だが……。いい加減頭痛がした。

「……私が吸血鬼ですか? ……そういわれればそう言われてもおかしくはありませんね。盲点ですな。なにせ私は貴族のお嬢様方には“愛の狩人”と呼ばれておりますゆえ。吸血鬼などと言う響きの悪い呼ばれ方をしているとは思わなかったのです」
「……血を吸われるだけで異変はないと聞くが?」
「異変ではありませんから。男がいて女がいる。なんらおかしくありません」
 ……まあ、いい。褒められたことではないが叱ることでもない。ここへは息抜きに来ているのだ。彼は十二分に息を抜いているだけだ。
「……ふうむ。仕方がないな。食事と言うのならばしょうがないだろう」
 彼女らの証言が一致していると言うのなら、多分に誰かが最初にチェトとの言い逃れに創った魔物なのだろう。乙女の血を吸う、と。
 色んな意味で都合が良かったに違いない。

「だが初仕事を失敗に終えるのも癪だ。チェト。貴様、この国の字は書けるか?」
「もちろんです。でなければ商売などやってはおれません。……それがどうしましたか?」
「私に字を教えろ。その代わり魔力を分けてやろう」

 魔力小さき人間でないのなら血でもって魔力を得る必要がない。字を覚えるまでは通う必要があるだろうし、魔王にとって一人分など微々たる物だ。
 かくして私は初の仕事を終え、悠々とユゼ少年の宿へと帰ることが出来た。


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と言うわけで魔王様は字を学びます。

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