願うところの叶うところの
〜第十二話〜
嗜好(taste)


「……あ」
 例の部屋で出されたお茶を飲みつつレヴィンの告げた内容をチェトにも話すと彼もそれを確認する。
「……おもしろそうだろう?」
「はあ。それは知りませんが、気づけなかったのは失態でした。申し訳ございません……」
「よい。咎めに来たのではないからな。それに私も気づかなかった。城の近くで暮らしたせいだろう。それよりも、城へのもぐりこみの用意をお願いしたい。どうせなら直にみたいだろう?」
「わかりました。私と使用人で調べようと思います。少々時間がをいただきたい。儀式のほうも数日掛りでしょう。ここより宿のほうが城へは近いですし、あちらで待機していていただけますか?」
「ああ。頼む」
 宿の部屋に人がいないことを確認して転移する。
 ベッドに腰を下ろすと自分がわくわくしていることに気づく。
 勇者御一行が攻め入ってくるのには散々な思いだったというのに、自分が探る側になったとたんこれだ。
 まあ、なんにしても時間が出来てしまった。城についてでもユゼ少年に話を聞こうか。
 部屋を出た私はカウンターへ行くが、彼も、彼の母親もいない。
「裏庭か?」
 だが、そちらにも誰もいない。ふーむ? 部屋か? 彼の部屋を叩くが返事がない。……そう言えば、彼は本の虫で本を読んでいるときは何かを言われてもなかなか気づけない、とか言っていたことを思い出す。
 ノブに手を掛けてみると鍵はかかっていない。
「入るぞ、ユゼ少年」
 返事はなかったが、本に熱中しているのかと空けて入ってみたが、ここにも誰もいなかった。
「ふうむー」
 探しているときこそ探し物は見つからないもの、か。そんな時、探し物が切羽詰ってないのならとりあえずおいておくに限る。
 部屋を眺める。ベッドと机、後は本だった。所狭しと並べられたそれはちょっとした図書館である。人間の読み物と言うのはどういうものだろうか。
 私は気を止めたものを手にとっては読み、戻し、また読んでいった。
 どうやら彼の嗜好は英雄譚、医学、魔術学の三つに分類されるようだ。それに関係あるものばかりが載っている本ばかりだ。
 英雄譚は人間の考え方のいくつかを見ることが出来て面白かったが、魔術学のほうは全部にまがい物の知識ばかりであった。本物もないわけではないが、恐ろしいほどに稚拙なものであった。魔術師の知識と言うのは宿屋の息子が手に入れられるほど安いものではない、と言うことなのだろう。
 ……人間相手に魔族の進んだ魔術を教えることは出来ないが、この本の内容が正しくないこと位は忠告しておいてあげよう。
 そのまま本を読み続けていたが、ユゼ少年どころか彼の母親すら帰ってこなかった。
 宿に泊っている数人の人間が食堂で不満げに帰宅を待っていたが、なかなか帰ってこなかった。外へ食事へ行こうか、などの意見が出され始めたころに宿のドアが開く。
「都合がよい。お前たちはこの宿の住民だな? この宿の女将は城にいて今日は帰ってこられない。食事は各自自由に取るように。金銭に関しては多少、城より出ている。明日の夜にはこちらへ帰るはずなので、それまでは各自で判断するように」
 城の使いを名乗る男は金の入っているのだろう袋を食卓に載せる。
「ユゼという少年は? 彼も城へ行っているのか? 理由は?」
「王の御命令である。質問は受け付けん」
 彼の物言いに苛立ちを覚えないわけでもないが、ここまで怪しい行動を取ってくれると逆に嬉しくなる。城で何かあるよ、と言っているようなものだ。
 なにが行われているのだろう? 彼の母親をつれてゆく意味は? 城の魔力は一体? 実にわくわくしてくる。


NEXT/BACK 



なぜ彼の母親は連れて行かれたのでしょうか?

Copyright 2005 nyaitomea. All rights reserved