願うところの叶うところの
〜第十五話〜
勇者(hero)


「ユゼ。そなたに魔王討伐を命じる」
 王の眼前に存在するのはユゼ少年と彼の母。二人とも全身の血が抜かれたように白い。今までも白めだとは思っていたが、それどころではなかった。体がぶるぶると震えている。
 宮廷魔術師長として王の横に立つ私には彼の表情も見える。驚き、困惑、混乱、恐怖。だが奥の奥には別の何かが見えるような気がする。

「……王様! 王様! 何かの間違いです。ダメです。耐えられませんっ! なぜ息子が、息子が勇者なのですか? こんなに細くて、本ばかり読んで、体の弱くいじめられるようなわが子です。勇者なんて大役は果たせません!」

 ぶるぶると震え、真っ青になりながらも声を絞り出し懇願する。間違いだといって。彼女は王を守る兵士を指差し、あの方達のような立派な方がなるべきです! と叫ぶ。

「女よ。自ら子が悪鬼の王へと挑むことを思えばそのような言が出るのもわかる。わが一人娘が死地に向かわねばならないと聞けば私もそう思うだろう。だがそこな少年は伝説の武具に選ばれし者。……勇者である。国を、世界を守るために彼は行かねばならん運命にある。魔王を討ち取り、生きて帰った場合はわが娘と結婚させることを誓おう」

 王の言葉に少年の母は言葉を出せずにいた。手だけが同じように動き、だが止まり、……落ちる。

「お母さん。僕はやります。勇者になり、魔王を倒してくるから。生きて、帰ってきますから……泣かないで。お母さん、泣かないで。別れにしないで」
「あぁっ!」
 流れ続ける涙は滝のよう。彼女は少年を抱きしめる。

「行くか。ユゼよ」
「はい。王命に従い……魔王を倒します」
 王が手を叩くと先ほどの武具が運び込まれた。大人サイズのそれらが不思議なことに彼が身にまとうたびに彼に合ったサイズへと変化していった。

 ユゼ少年は、それらを着終えると目にたまった涙を払う。覚悟が定まったのだろう。しっかりした目をしていた。
 ――少年は男になったのである。

 ……はっ、しまった。なんだか無力感を味あわせにくい空気だ……。
 目的を果たす空気でなくなってしまったため、なんとなく居辛い。勇者となったユゼは王に一礼すると母親を連れ、下がって行った。
 出るタイミングと去るタイミングを逃してしまい、なんとも言えない気分でもって立ち続ける。ユゼが、勇者……か。

「術士よ武具は完璧か?」
「え、ええ。もちろんです」
「……ならいい。問題はない。失敗されるわけには行かないのだからな。……下がれ」
「はっ」

 私は言葉に従い、その場を下がる。この者がもつ私の記憶をあやふやにして体から出る。
 ……どうもきな臭い。魔王退治だけが目的では……ない?
 私は継続して王城を探ることをチェトに命じ、宿へと戻った。
 ユゼは勇者。魔王を殺すもの、か。


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こうしてユゼは勇者に。
だがどうやらただ今までの勇者達と同じように
送り出されただけではない様子。

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