願うところの叶うところの
〜第十九話〜
竜(dragon)


 私は再び術を唱える。魔王が消え、室内には王女のみの姿がある。
「私の名前はレイシャ=ヴィリト=ラーバ。国の名はラーバ。現王の名はガリシア。母は死去……」

 頭の中に彼女の持つ知識が浮かぶ。
 この術は憑依と違い記憶まで継承するのだ。ただ、記憶の中の感情は得ることが出来ない。なぜならそれまで得てしまうと相手の心に振り回されるような羽目になるからだ。

 この術は敵方の情報を得られまいかと研究された魔術だったが、初めて試みたものがすべてを継承したために、敵の『生きて帰る』という強い感情に逆に支配され数人を殺害して逃亡。
 後の調査では敵国で彼の家族と共に生きたという事件がある。そのため、感情を伴うものは継承されないように改良されたのがこれの術だった。

 そうしないと人間を守るという彼女の思いに知らず知らず影響され、人の味方、魔族の敵になる可能性すらあるのだ。
 私にとって特別なのはユゼだけでいい。

 数日が立ち、レヴィンからユゼが魔王城へとやってきたとの報告を聞き、私は城の王座の間へ転移した。

「おお、魔王様。お久しぶりでございます。御身に御変わりないようで」
「身は変えてるぞ。それに半年ばかり前にあっただろう。それより勇者ユゼは?」
「はい。御尊命に従い、殺さずに適度に通しております。あと数分でここへたどり着くかと。この世界に散った者達への通達もすでに済みました」
「そうか。ならよい」
 ならよい。後はユゼと戦うだけだ。
 レヴィンから手渡されたナイフで手首を傷つける。

「血の媒介をもって、いでよ。我が分身よ――」
 手首から血が流れ落ち、床が輝く。英雄譚での魔王を思い描きながら呪を唱えた。
 血液が風船のように膨らんで行き、3m程の大きさになると割れ、中からは人間が魔王と呼ぶにふさわしい禍々しい醜態をもつ竜が現れた。
 階段を駆け上る音が聞こえてくる。
 レヴィンは奥の部屋へ消え、私は不可視化した。

「はあ、はぁ……っ! 魔王さんっ! 個人的な恨みはないですけどっ! 世界を生きる人々を傷つけ、恐怖へ陥れた罪、償ってもらいます! 覚悟をっ!!」
「ほう。人間よ。我らが生きることを罪と呼ぶか。いいだろう。来るがよい。命を懸けて、なっ!」
 竜が息を吸い込み、炎のブレスを吐いた瞬間、戦いが始まった。
 死なぬよう、だが楽させぬようにと絶妙に加減された攻撃をする竜。
 だが彼はそのことには気づく余裕すらないはずだ。激戦は二時間にも及んだ。
 少々の血液を使った程度のものであったがそれでも程度の低い魔族よりはよっぽど強い。
 ……彼は本当に強くなった。今までここを訪れた勇者の中でも一番の力があると感じている。
 ――回避したかと思われた尻尾の一撃は彼の体をかすっていた様でコマのように回転しながら壁に叩きつけられた。
 長き戦いに全身を傷つけたユゼ。

 ……しかしそれは竜もまた同じ。勝負を決めようと大きく息を踏み込む。
 私は魔力でもって彼の体を気休め程度癒す。
 死にそうだった顔色に闘志が再び燃える。倒れんばかりの低さのまま走り、飛び上がる。剣を、振り下ろした。

 もう動けないと思われた相手からの一撃に竜は倒れる。
 一度、二度、三度と体を震わせ……動かなくなった。

「……やった。――やったよ、れ、び……」

 そうして倒れた。
 だが死んだわけではないようだ。緊張と体力の糸が切れたのだろう。
 半刻ほどそうやって倒れていると起き上がり、竜が死んだことを確信すると……出て行った。


「……では、行ってくる」
「はい。よい百年を。くれぐれも自身が魔王様であるということをお忘れなく」

 レヴィンは魔王城とともに我が世界へと帰った。
 魔王の死の報告と魔王城の消えたことの二つで人間達は魔王の死を実感できるはずだ。
 なによりの理由は演出ではなく、人間に城を渡さないためであったが。ここには人間の手には余る魔術書が多数あるのだから。
 

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やっぱ魔王は竜ですよね。竜。
でもイメージなので別にレビは竜じゃないです。

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