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*陰みょる者的日々*
その二十三


 
 夕玉の発言に大空は興味深そうに彼女を眺める。
 鬼の赤い瞳がぎょろり動いた。

「……残り香が確かにある。攫ったとお前がそう言うのならばお前にとってそうなのだろう。憎いか。だが俺は世界を脅かすお前達が憎い」
「あの子はどこっ!」
「元気でいる。正しお前の記憶にある姿とは遠い形で、だがな」
「相容れないことを悲しく思う。お互いに譲れないものがあるのだから仕方がないけど……討たせてもらう!」

 夕玉は大空がそれ以上答えないことを知り、絶対言わせてやると意気込んだ。
 大空が走り、迫る。その巨躯からは思いがけぬ早さだった。

 瞬時に夕玉が冬歌の前に出、振り下ろされた一撃を防ぐ。生まれた隙を狙った柊の一撃に大空は傷つくが、微々たるもののようだった。

 そもそも力の元である清春の弱体化に柊もまた引っ張られているようだった。
 大空もまたそれを知っているようで柊には目もくれず、ひたすら夕玉へと力を振るう。

「口の割に守勢だな」

 それが挑発であると知っていても何も出来ないことが辛い。攻め手にかけるどころか、守りすら完璧とは言い難かった。
 猛攻を耐える夕玉に今だ傷ははなかったが慣れぬ戦いに次第にその力の精度を弱めているのが感じられる。

「夕玉、がんばっ」

 その言葉に返事すらもらえないのは余裕がない証拠であった。
 余波なのだろうか。大空の一撃を夕玉が受けるたびに体が電気を受けたかのように震えた。
 足りなかった。経験が絶対的に足りなかった。もし現在この力を持っているのが自分ではなく、清春なのならば上手に使いこなしたに違いない。
 受けるだけではなく、反撃の手だてがあったに違いないのだ。

 消え去ったはずの、克服したはずの無力感が体を襲う。

「冬ねぃ!」

 三人の式神に支えられ、癒されながらも清春は負の感情を見せないいっそ場違いな明るい声で言った。

「冬ねぃは……できる子だ!」

 そうだ……。私は、やれば出来る子だった!! そうして私はまだ出来ることがあることに気づいた。
 いや、ついこの間まではそれしかできなかったというのに気づかなかったのだからなんとも間抜けだけれども。

「急々如律令! 来て、ゴンザレス!」

 清春の背中から一柱の光が天に昇る。リュックは質量を増し、風船のように膨らみ、弾けた。中より何かが飛び出す。それは次第に形を成していった。鬼を超える巨躯の白狼へと。

「主人。後は俺に任せるが良い」

 響く声はハスキーボイス。その姿と相まってかっこよさはマックスであったが、良く見てみると鼻がくふんとならされ、その目にはどこか蔑みが混ざっているのだった。
 まるでいたらん主人を持つと苦労するぜと言わんばかりである。
 ゴンザレスだ、こいつは紛れもなくあのアホ犬だっ!

 しかし、不遜な態度を取るだけの事はあった。振り下ろされる大空の剣を体に受けるだけではじき飛ばし、神速とも言える目に追えぬ早さでその剣を握っていた右の腕へと食らいついたのである。
 大空は引きはがそうと次々に力を貯めては放つ。
 少しずつ傷を受け、白に朱が混ざり始めるもそれをゴンザレスはもろともしない。
 苦痛に大空の顔は歪む。

「ふざ、けるなよ……」
 
 小技でゴンザレスを打ち倒すことをあきらめ、大空は空いた左手に力を集め始める。その巨大な力は余波だけでここにいる全員を存分にたたきのめせる大きなものだった。

「夕玉、サポート!」

 皆が皆、ただ鬼と狼の戦いに魅入られていたものの、このままではいけないと夕玉に声を投げる。すぐさま我にかえった夕玉は力を打ち消しに掛かる。
 さすがに全てを消せるわけではないものの、気にかけていなかった方からの力の流れに膨らましかけの風船を離してしまったようにその力は一気に小さくなる。
 
「おのれっ!」

 ついに白狼はその腕をかみちぎった。どうだ、俺は頼りになるだろうとにやりと笑う。そんな態度が気にならないほどに心強い。左手の力が放たれるがそれを跳んで避ける。
 私のすぐ横に着地したゴンザレスのふわふわの体を抱きしめる。

「危ないから離れてな。まだ終わっちゃないぜ」

 しかし周りから歓声が沸く。いける、倒せると。しかしそれに制止をかける叫びが上がる。

「お止めなさい! 冬歌!」

 それはクラスメイトの加藤 千佳だった。ええー、と叫ぶ。だがどうやら驚いたのは一人だけであるようだった。誰だあいつという目を式達は向けていたけれど。

「あ、あんたなんでこんな所に、ていうか、ここには誰も入れないんじゃ……」

 そこではたと気づく。つまり、彼女は同業者か関係者なのだ。この場を止めることとから考えると関係者なのだろうか。でも、清春がどうもああ、という感じの表情をしているので同業者という線も消せなさそうだ。

「そいつは私の式よ! 勝手に殺さないでいただけるかしら!?」
「でも、そっちが私達を殺そうとしたのよ。せーとー防衛ってやつよ」
「そう、問題はそこね。冬歌はともかく、なぜ清春くんまで傷つけたのかしら」
「にゃろう。クラスメートをともかくかい」

 その言葉は流され、二人の会話モードに移行する。大空は邪魔であったからと告げた。
 しかし、彼女は一体何者なのだろうか。ん? 大空が彼女の式だというのならば、……主というのが彼女と言うことになる。と言うことは。

「夕玉、あんたの探し人、と言うことになるんじゃない? 加藤が」
「う、うーん。年がおかしいわ……。雰囲気は、似てるけれども」

 あの家は確かにある程度長く放置されていたようだが、写真の子が高校生になるほどに放置はされていないはずだ。

「ねえ、加藤。あなたこの人形に覚えない?」
 
 一時的に人形の姿に戻ってもらう。すると加藤はあら懐かしいと反応を示す。一体どういう事なのだろうか。すると大空が口を開く。

「千佳は、我が主人となったときに少々異界で経験を積んでもらった。人の界で過ごす場合よりあそこは流れが速い。疑問は解けたか? では続けようか。俺はまだ死んではいない。命を賭してもお前の存在を許すことは出来ない」

 式神にとっての主人はエネルギー供給源。彼女が加わるとどれほどになるのだろうか。私たちは再び身構える。夕玉は人に似た姿に変わり、こちら側で構えた。

「良いの?」
「まあ、無事だったから良いわ。それに、なんだかなじみのない人間になってしまったから。彼女には危害を加えないでしょう?」 

 ありがとうと言うとうるさいわと頬を赤らめる。なんだか急にかわいく思えてくる。清春の方を見れば会話のうちにそれなりに体力を戻したのか、ある程度しっかりと立っている。用意はいいようだ。いざ。
 なのに加藤は構えることなく、つかつかと歩み、大空にチョップした。

「だから止めなさいって。――私が加わっても彼女達には勝てないわ。わかるでしょう。死ぬまでやるというのならば、無駄死によ。命をかけると言ったわね、大空」
「言ったな」
「あなたの力があれば冬歌の悪い影響を抑えられるのではなくて? 彼女の力の大きさを考えれば生かした方がいいはずよ」
「だが、それをすれば俺はお前の元を離れることになる。邪気だけの封印となれば姿を成すことすら出来なくなる。いいのか?」
「犠牲は必ずどこかに現れるわ。あなたが死に、彼女たちが解決方法を見つけられないのが一番の最悪。ならば――犠牲になって、大空」
「お前が言うのならば、そうしよう。長生きをするがいい。お前が老いていても花をもって会いに行く」
「……だそうよ、冬歌」

 二人の会話に押されて意識が飛んでいた。加藤はこちらに背中を向けて歩いていってしまったため、表情を知ることは出来ない。そして大空は目を閉じ、雲散する。光の粉となって消えてしまった。

「え、ど、どういうこと?」
「会話から察するなら、これで冬ねぃの問題は解決したってことになるけど」
「実は口先三寸の演技で逃げただけ、と言うことも考えられますね。ただ、張られた結界も薄くなっていっています。……家へ帰りましょう」

 その後、大空がお礼参りに来ることもなく、霊達も落ち着き、どうやら本当に問題は解決したようだった。

 教室で毎日会う加藤は考えられないほど沈んでいたが、それも一ヶ月ほどで元に戻り、再び絡んで来るようになった。
 「私は長生きするからあんたは早めに死になさい」と彼女は笑う。
 「私はヘルシーな食生活してるからしぶといよ」と返してみると貧乏なだけじゃないとあきれられた。

 とは言うものの、貧乏生活は終わりを告げそうであった。
 死ぬほどやっていたアルバイト生活を止め、ようやく一人前を目指してのお仕事を開始したのである。

 人の念というものはとってもやっかいで力が強ければそれで解決、と言うものばかりではないようなので苦労しているものの、自分の夢見ていた自分の姿にうきうきは止まらない。
 ついついの不注意に柊に叱られるものの、何とか頑張ってやっている。

 そして――この間、清春に告白された。
 姉としてではなく一人の女性として好きだと。その思いは家の力のせいではないのかと聞いてみたが、そんなもの、とうになくなってしまっていると答えた。ずっと好きだったって。
 弟としての好きしか今までなかったのでビックリした。
 それ以降清春に声をかけるたびにどこか期待した顔で返されるのでちょっと困っている。

 いきなり言われてもすぐには出せない。でも、考えてはみたいと答えた。待つのはなれてるから大丈夫と清春は笑った。



 夜、一人で外を散歩する。
 空を眺めれば、月が私を守るように輝いている。なんだか久しぶりに月を見たような気がするなあとその輝きに微笑んだ。



陰みょる者的日々 -END-

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