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◆白夜◆

三十六




 

 

 淡い碧の光の清流が偽竜を飲み込む。体の中心を貫き続けるそれはだんだんと体を絡め取って行き、消滅へと導いた。

 あ、あぶな。当たるとこだったぞ……。

 

 俺は前を向く。この洞窟の最終地点である、神竜の祭壇前には放たれた光と同じ碧を纏った白い竜がいた。

 姿自体は物語や本で載っているものと同じだからそう驚くものではないが、確かに神を名乗るだけはあると思う。神秘的では、ある。

 

 だが、つい先ほどであったルーとかいう男の持つ力に比べれば温和で優しい。ゆえに驚異的なものを感じないのも確かだ。

 

「くそっ! 神竜! 俺はあんたが必要なんだ!」

 場には倒れる二人と光り輝く白き竜。

『ほう。それはそれは』

 しかし、その言葉を放つと、穏やかな風を吹き荒らしつつ、光の粒になり、クリスの中に染み入るように消える。

 

「おいっ! なぜだっ!!」

 語りかけるも答えは返らない。どうなのか。どうすればいいのか。

「ルカッ。俺はどうする! どうすればいい! 殺すのかっ!? 殺さなきゃいけないのかっ!」

 仕込んでいた小太刀を抜く。しゃがんで、ゆっくりとそれを、気を失い、倒れているクリス王子へと向けた。

 神竜の起こした風がその金の髪をゆらゆらと揺れている。

 やわらかく踊る髪の毛。閉じられた瞳と、その幼い寝顔。

 天使のようなそれに刃を向ける自分がどうしようもないほどに悪だと感じた。

 

 これが、覚悟なのだろうか。

 これが、必要とされることなのだろうか。

「……なぜ、だ。……俺は、殺す、のか? ……これは無理だろ」

 妹との天秤にかければ……いや、掛けることだってできやしない。無理だ。こんな、こんな幼い子供に……だが。

 激痛に苦しむ妹。痛み。ナイフは次第にクリスの喉元へ近づいてゆく。

『やめるがいい。殺す必要は無い。我らが真竜の主よ。翼の者だってそういうだろう』

「……っ!? 神竜の主? ならなんで……」

『神ではなく、真なる竜だ。今はわからずともいずれ。それより急ぐがいい。この洞窟はもうすぐ消滅する。風の神竜、最後の継承を終えた以上もうこの場には価値がない。我が力を失い、ゆえに崩壊する』

 

 その言葉を終いに神竜の気配や声が感じられなくなる。

 ぐらぐらと軽い揺れが起こりだし、天井からは砂がはらはらと落ちる。

 視線は自然と床に転がり幸せそうに寝こけてる王子様たちへと向かう。

 

「あ〜、もうちくしょう」

 ジョイルとクリスの上着をはいで、剣で切り裂く。端と端を結び、即席のロープを作成。ジョイル王子を背中に、クリスをお姫様だっこで抱えて走り出した。

 くそ〜。重いっ。

「これが正解かっ!? 間違いかっ!? あ〜もうわかんね〜」

 

 だとしても、ここに見捨てておく気にはなれなかった。

 それに翼の者と言うのはルカのことだろう。そういえば最初に代償は神竜と言ったが殺して奪えとは言ってなかった気がしないでもない。

 殺すだの、奪うだのってのは俺が調べて得た知識で……。

 

 じゃあ、殺さないでもいいのだろうか? しかし、じゃあ手に入れると言う意味がわからない。誘拐でもすればいいのだろうか? でもそれに俺が役立つとも思えない。

 

「あ〜、ちくしょう。もう何も考えないっ。とりあえずここ出るっ」

 よたよたと走る。背負いながらの抱っこはかなりの重石であり、それ以上に心身ともに受けた疲労が大きい。

 その間に洞窟は崩れを大きくする。ときどき人間の頭以上の大きさの石も落ちてきている。

「ぎょがっ! あた〜! くそっ。のんきに気絶しおってからに〜」

 

 ようやく元の場所へと戻ると、サラ、マナ、フリージアがその場に残っていた。

「遅いっ」

「……すまん。でも、手伝ってくれ。重いんだ」

 お姫様だっこをしていたクリスをサラの背中へ手渡し、マナとフリージアの顔を見る。こくりと頷く。さあ、逃げるぞ。

「……生きてるな。ソルト。逃げるぞっ」

 二人は頷きあうと走り出した。風の精霊か何かを行使しているのだろうか。ものすごい速さでかけて行く。

 さあ、俺たちも二人に習い、逃げるぞ。

 

 

 そうして風の神竜、継承戦は終った。

 ジョイルは入り口の聖騎士たちに運ばれ、クリスもまたそれについてゆくようだ。

 

「……皆さん。ありがとうございました。兄様も酷い状況ではあるけれど、死なずにすんだし、もしかしたらまた……。

このご恩はいつかきっと返します。で、ルー……でしたっけ? あの人については僕のほうからも調べたいと思います。

なぜ、兄様は王になれないのか。なぜ、人を偽竜に化すことができたのか? 知りたいと思いますから。だから、また会いましょう」

 そういって手を振った。またいつか。と言ってもその日はそう遠くない気がするけれど。

 

「さあ、説明してくれよ。ルカ。サラもついてくるらしいけど、今はクリスと話し込んでるからな」

 洞窟の前に止まる馬車の裏。燃えない、熱を放たない黒の炎がゆらゆら揺れて、そこから黒き衣服を身に纏った、血よりも赤く燃え、輝くルビーの瞳を持つ少女が現れた。

 

「いい感してるね。さて、とりあえず風竜取得おめでとう。この調子でがんばってほしい。で、フリージアは?」

「馬車の幌の中」

 

 ルカは馬車の幌に首を突っ込むと、フリージアを呼んだ。疲れているのか、その足取りはふらふらと踊り、頼りない。

「大丈夫か?」

「あ、はい」

 ルカはフリージアの手をとると袖をまくる。そこには薄っすらと、そう、わずかに碧に輝く風竜の紋章が輝いていた。

 大まかな形を言うのなら、円の中に四角形が入っているような形のものだ。

「これは……?」

「契約の証だよ。本来ならば神竜は継承するか、横取りするかしなければいけないが、フリージアと君そろっている場合、継承の場の近くにいさえすればいい」

「ならか――」

「簡単、と思うでしょ? まあ、そこには裏があってね。セト、あちらの木に向かって『シルフィード』と唱えてみて」

 シルフィード。そう唱えた。言う相手と言われる相手が違ったわけだが似たシチュエーションに俺はぶるりと体を奮わせる。

 だが、その効果は段違いであった。放たれた風は木の表皮を削るに終る。

 熊のほうがずっとずっと威力があるってくらいだ。

「弱いなあ。まあ、一匹目だしね。

と言うわけで、神竜を獲続ければどんどん威力が上がる。ついでに言えば、十二竜すべてを集めたとき、神竜すべての力は君のものになる。

だから、君が思っていたことは今すぐは起こらないものの、最後には起こるということだし、クリスみたいに継承時期と重なっていればいいけど、そうでない場合はやはり、殺すか、死ぬのを見届けなければならない」

「……」

「茨の道だよ。どうあがいてもね。だから、妹を捨てるって道もあるわけだ。最後の一匹を得るまで」

「……見捨てない」

「ま、その辺は最後にまた。じゃあ、約束どおり、雷の竜王国へ」

「ああ」

 そう言ってルカは消えた。さあ。次の国が俺たちを待っている。

 妹を助ける。そう決めた以上は止まれない。

 クリスは死力を尽くし、兄を救った。俺だって、マナを救う。

 必ず。……かならず。

 

 

<番外編:孤独の王子へ
城へ戻ったクリスと腕を失くしたジョイル。兄弟話のエンドは……? 

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